星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

水のにおいがする

この感覚を忘れたくないので書いておきます。
需要がないのはわかっている。ゆうやさんの話でもしげあきの話でもないです。ドームという場所というか、そういう話。

地蔵コンビと名付けてしまったわたしの友だちと再会したのは、福岡以来でした。広島2日目、アリーナ最終公演のときです。
それまでもお互いバラバラにでも行った会場のことはSNS系の電話とかで逐一報告し、あそこがどうだった、あれが良かった、今回はあれが笑えた、今回はこうだったから今度一緒に入るまでにこうなってればいいね、という、手越担×シゲ担の重い音楽への愛を垂れ流すだけの電話を何度もしてました。

広島に入ってびっくりしたのは、歌が変わったところ。
それも、一切Twitterとかでは文字にしていない、二人だけの欲望みたいなのがそこにあって、土曜公演終わったあと、わたしは興奮気味に友だちに連絡したものです。
「明日、覚悟しておいたほうがいい」
って。

今年はとくにいろいろあって、シゲ担だけでも名古屋和歌山は大きな場所だったなあと思っています。
クラウドで「僕は人生で声が出なくなるほど喉を壊したことはないです」って激怒していたけど(これめっちゃ好きだった。プライドがガンガン見えてこのクラウド大好きだった)、まさかこれが伏線になって回収しちゃうとは、本当に脱帽する。かっこいい人です。

そんな風に、どんどんどんどん、表現の幅を広げて、毎回楽しそうに音楽を纏うしげあきのことを、やっぱり世界一、宇宙一、来世になってもすきだなって思ってました。毎回毎回、どんどん、積もるように。
そして、広島ではBLACK FIREでまさかの絶叫という、自分ではありえない事件を経て。
ドームで、アグレッシブになったはずの地蔵が、三たび再開します。

土曜公演終わったあと、言おうかな、言わないでおこうかな、って逡巡したけど、結局どちらからともなく言い出したのは、
「ドームって、小山さんが言ってたように“フェスティバル”なんやな」
でした。
自衛のために言いますけど、土曜めっちゃ楽しかった。でも、広島の時ほど泣いてないんですよね。広島では自意識が働かないくらいにガンガン刺激されて、感情揺さぶられるまま、気づかないうちにぼろぼろに泣いていたのに、土曜は元気なものでした。理性が。

たしか小山さんが「木原さん来てる」って言ってたと思うんですが、これがきっとその根拠かなと思った。
土曜、少し“外向き”だったと思う。対外的というか。なんというのだろう、「これがNEVERLANDです」って、とてもパブリックに紹介するみたいな。
「NEWSっていろいろあって4人になったんだけど、それでもいまこんなにいいグループです。では聴いてください、『フルスイング』」みたいな、妙な公共性というか。

だた、それが間違ってるのではなく、“ドーム”にぴたりと合う気がしたんですよ。そうか、ドームとはこういう大きさで、この距離だとこのくらいの“圧”でちょうどいいのか、という。ドームの使いかたとでもいうのかな。ちょっとお行儀がいいんですが、それって多分、「お客さんを迎えるホスト」としては大正解なんだと思った。
ドームとアリーナで、曲順や追加曲だけではなく、伝えるものの圧力すら使いこなせる、それがNEWSなんだ、ってすごい思った。

その後二人で飲んでて、やっぱり好きなところやそういう考え方がぴたりと一致して、こういう出会いをくれたNEWSすげえなあ、って思ってました。
一抹のさびしさみたいなのは、あったとしても。


そして迎えたオーラス。
今年は当初から言ってたように、二人ともQUARTETTOの時のような飢餓感はほぼなく、しかも音の記憶もいい状態でオーラスを迎えていました。電話で話すのも、きっと記憶をとどめたいからだろうなとは思うのだけど、それでも今年はNEWSの音楽をまっすぐに真正面から受け止めて来た充足感みたいなのはあって。

でもやっぱり、最後はつらい。

始まる前、手を握って、それでも最後だからとわたしは双眼鏡を構えた。画面ではなく、少しでもそこにいる姿を記憶したいと。

出てきただけで涙が出た。センステがせりあがって、歓声が聴こえて、双眼鏡の奥にメンバーの姿が見えて、一人ずつの歌、一人ずつに涙が止まらなくなって、気づいたら隣の友だちの手を握ってました。
総じてドーム、双眼鏡ほとんど使ってなかった。ずっと泣いてた。ずっと上空に舞う音を追っていた。いい音楽のときしにしか見えないあれを。

U R not aloneに関しては他の方のブログをおすすめします。けど、なんというかな、終わってみたら、前日の「パブリック」な感じは一切なくて、NEWSとNEWSファン、お互いにお互いを求めてて、ただそれだけなんだなってしあわせでしかなかったです。

あの時、NEWSコールが起きたとき、わたしも友だちもそうだし、ドーム内がそうだったと思うのだけど、あの時求めていたのは、アンコールの歌でもなんでもなくて、ただ、ひたすら、「もう一度会いたい」だったんだと思うんです。
もう一回顔が見たい。歌ってほしいなんて言わないから、どうかもう一度出てきて。顔を見せてほしい、最後に、ここドームをあとにする前に、もう一回だけ見れたらしあわせなのに。

結果としてそれが叶ったのは、NEWSもおなじ気持ちだったのかなと思います。
出てきたけど、ただ歩いて、ありがとうございました! って肉声で言うだけで、そのままに歩いて帰っていった。
しげあきが「しーっ」ってした時に、潮が引くように静かになったのも忘れられません。あれほどに自然にそれができたというのは、みんながメンバーのことを本当に心の底から待っていたからです。
それからの合唱も。

他の人も書いてた、しげあきの「湿っぽい」に非常にうなずいたのは、まだ肌寒い日の残る4月に、
「NEWSの声からは水のにおいがするね」
と話していたからもあると思う。
人間の体温があって、涙のすこししょっぱい味のする、そういう、とても愛のある温度が、NEWSらしい。

最後の最後に、公共性とか、他人の目とか、そういうものをすべて彼方に忘れ去って、お互いが好きだ、大好きだと、それだけを交換して確かめあったあのドームを、あの、素晴らしいフィナーレを、わたしはきっとお墓にまで持っていくと思います。

 

 


わたしは、わたし以外になれないし、日々、どうしても“わたし”の輪郭がぼやけそうになったり、何が大事であるかを忘れそうになるけど、それを大事にしようと思える、そのフックのひとつが間違いなくNEWSだと思う。
誰がなんといおうと、NEWSはファンのこと大事にしてるし、NEWS自身も大事にしてくれてて、
そしてそんなファンのことを、一番に考えて、好きでいてくれるんだなあと思う。

究極の両想い。

外野は嫉妬でもなんでもしてればいい。NEWSとファンは確実に両想いだ。重いくらいで、全力でぼろぼろになるくらいの愛でちょうどいい、共依存でもいい、それでも胸張って愛してるって言いきれる両想いなんだよ。こんなしあわせなことはない。