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星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

今年のQTARTETTOツアーをざっと振り返る

6/19付の下書きが出てきました。

おかーさんとQTARTETTOのBDを見て少し吹っ切れた部分もあるし、備忘録として2016年のエントリにしたいと思います。(時間が経ってる分ちょいと修正して)

たくさんのひとに助けてもらったツアーです。ありがとうございました。本当に心の底から感謝してます。

 

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まずサッポロ2日目。前日がらじらー最終回、かなり弾丸で寝不足抱えた月曜日とわかっていても行きたかったのです。雪があったこともとても印象的でした。
他に覚えてるのは最後の衣装でまだしげてごがジャケットを脱いでたことと自担がぼんやりしてたことです(それもどうか)。ハイライトはいくちゃんと相撲を取ったこととまさか札幌駅で荷物を受け取れたことかな(相撲にかんしては抱き合ってただけなのになあ…)。

 
明けて4月のオーサカ。金曜日は仕事なので土曜日、おともだちと互いじたんが外周行くと方向をそれぞれ見るので向かい合わせになるアリーナあるあるをしながら見てました。ていうかおともだちとの集合場所細かくわからないのにお互いオーラで見つけ出すのコワイていうかすごい。
天気も良くて写真撮る空がうつくしかった。
オーサカの夜は、しげあきの声が変わったー!って思うところがたくさんあって、なんかとてもしあわせでした。
帰りは高速バスでしたがほんと疲れてたんだろね、最初のパーキングで飲み物調達し、次気づけばもう終点近くでした。

 
しずおか2日目。
Wonderでお互いに噛みつきあいだした
と思ったのは静岡が初めてでした、おそらく。あのとき初めて、「音楽がここまできた」とTwitterに転がした気がします。Wonderが四人の縄張り争い…という感想はここから始まったのかもしれないです。わたしの中で。
帰りの幹線に乗り込むときにたまたま先に乗っていたシューカツ生?ぽい男子二人くらいがホームに並ぶお客さんたちを見てドン引きしてたのがおもしろかったです。トラウマにならないといいな。笑
 
 
次は地元福岡!!
なにより、「くぅまもとに届けェエエエエエ!!!」っていうゆうやさんのチュムチュム前の言葉はやはり一生忘れません。
29日はゆうやソロで泣きすぎておともだちに心底心配されたり「シゲちゃんはほんとに菩薩だよね」って言ってもらえたり。
30日。おそらくここがわたしのある意味ピークでした。確か今年は全18公演あり、30日の福岡は9公演目にあたるとおもうのですが、…おそらく、おそらくね、音楽の中では良くあるんだけど、「一度目のピーク」というのがここにあったのだと思う…
 
始まる前からマリンメッセが爆発するんじゃないかと思うくらいの熱気と、出てきたメンバーの姿、それから
Take
この、"tak"だけで泣いたのは初めてでした。となりでともだちが泣いてるのもわかって。しげあきソロがあんな風に見えたのも初めて、そしてまさかWonderであんなにもしげてごがぶつかり合うなんて…と、気づけばともだちとお互いに支え合いながら泣きながら聴いてるという……それほどに凄まじい「上昇」する音楽を見たのがこの4/30でした……何かの奇跡かとおもう。
 
……いざないづきの存在意義みたいなのが(個人的に)つかめなくて、たまになぜこの曲がここにあるのか、と考えてたんですね。でもあのとき初めて、すこしわかった気がしました。それはまさにしげあきの声からで、その前にゆうやさんのソロがありそれを継いだますだくんの声があったからこそですが、そのとき初めて、「そこに在る意味」が見えた気がしたんです…
まだまだ変わっていける。そう、一歩踏み出したのがここだったように思えます。生きるための一歩。

 

5月になりました。名古屋です。
名古屋日曜昼公演。ゆうやさんソロがとんでもなく素敵でした。
あの笑顔と、あの声。そしてしげあきの朗読がとてもすてきでした。
いざないづきもまたなにか変わりだして、聴いてみたい「一音」がどんどん近づくようでした。この頃からもう天に昇る階段のように思えてきてたんですね。

……先の福岡とかのぶんに書き忘れてましたが、星めざのしげあきの振りがほんとうに祈る人のようで美しく、指先まで音を表現する、その尊さと稀有なことに何度も祈りを感じてました。ありがとう。あの曲を歌ってくれてありがとう。


次の仙台はなんというか、安定してた、に近い気がします。たぶんここでじゃなかったかな、QUARTETTEO前にしげあきが息を吸うのを印象深く正面から見たのは(つまり上手のスタンドにいました)。
どこか、とてもフラットになっていったのが不思議でした。しんしんと積もるような。


月末、広島。
アリーナ最後ってことで、もうその気概で臨んでました。たぶんそれが全てである気がします。


東京ドームでは。
実を言うとほしめざのアレンジを聴いたときから期待はしていました。していたし、それでも震えたのがイルミナートでした。ああなんてことだろう、NEWSはどこまでも音楽の何かを救うんだなとほんとに、ほんとに嬉しかったです。終わったあと、ともだちと飲み屋で軽く泣いてました。うちらほんとにNEWSに救われてばかりです。


オーラスは去年から誘ってたともだちを初めて連れて行けて、しかも「一曲一曲がミュージカルみたいだった」という最高の褒め言葉をもらってほんとにしあわせでした。
わかってたのにまたオケでは泣いてしまってた。2日ともほぼ同じ位置の天井席で、それでも音が聴こえることに感謝してました。
1日目のシリウスのイントロは引き合うしげてごがいて、2日目はもう、ただひとえにひとつの音でした。最後にふさわしい音でした。
1日目のしげあきの朗読がすきすぎて、ああこのひと声で黙らせるんだなっておもったし、ゆうやソロはほんとうにもう物語だった…二人とも世界観があってあたりまえのことに、でもそこには確かに「もてなし」がある。しげあきの場合とゆうやさんの場合そこにはすこしの違いがありそれこそが互いの個性なのだけど、それでもそこには表現者としてのプライドと優しさと厳しさがあって。

外周でライフ歌ったとき、すでにCD音源とは違うしげあきの声。Wonderのとき競り合うことよりも支えることに重きを置いたような声。シリウスの曲中盤からは全力でしかないあのカオと、シズクの音だけを追うカオと。心底、心底この人すきでよかったと思いました。一音を追うカオを、タオルの落ち先をまったく見ない潔さを。板の上のひととしてのかっこよさに完敗です。
そして映像化したいま、ほしめざのあのカオが見れて、本当に良かった。


昨年のWhiteに続いて、救われたツアーだった、ということかなと思います。
わたしがわたしである以上逃れられないことを突きつけ、それでいて救うのがNEWSです。


ツアーを通しての合言葉は、「何があっても生きよう」、これだった気がします。
生きようね、生きよう。わたしたちはわたしたちの道を生きよう。彼らの音楽に支えられながら、それをいつか支えにできるように。


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半年の時間を経て、なんというか、そっくりそのまま自分の中にあの "QTARTETTO" という音楽を、仕舞えるような気がします。