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星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

QUARTETTOのI・ZA・NA・I・ZU・KIはお神楽か、という個人的感覚のはなし

I・ZA・NA・I・ZU・KI

今回のQUARTETTEOツアーにおいてこの曲はシリウスに次いで大きなテーマになったかな、と思ってます。少なくともわたしにとっては。


歌に関しては「それマニアックすぎるやろwww」とともだちに笑われたトンデモネタがあるんだけど、まずは忘れてはいけない、ドームでのダンス。新規についたダンスについて、ふと思いついたことがあったんでメモです。


……振り返れば、何故この曲をここにきて持ってきたのか、…言うならば場所もなぜゆうやソロのあと、Wonderの前なのか、ってのがつかめなくて当初困惑した思い出があります。まあ結果としてそれは徐々に払拭されてむしろわたしの中で最大のポイントのうちのひとつになりましたが。

で、先に書いておこうと思ったのがダンスです。ふと、なんとなくだけど、あの足運びが日本舞踊ぽいと思ったんですねえ。日本舞踊っていうか、歌舞伎とかお神楽とかそっちに近い。昨年のwinter moonも振り返れば似たものになってますが、今年のいざないづきでは「外に向かって踏み込む」という動作があったはずなんだけど、それがもうなんというか、「場を支配する」というものに見えました。


荻原規子先生の作品中に、白拍子である人物が踊るときのことを「時が押し流すものを拍子でくさびを打つ」と言っていたのがとても印象的で。
………まさにこれだと思ったんですよ。


いざないづきのリズムって相当難しいはずなんですけど、それを音として「流す」のではなく一歩ずつ一歩ずつ、そこにあしあとを残すことでそれこそ楔を打ち込んでいたように見えました。
足の一歩、手の一振り、これらすべての動作は時間を支配するもので、そして時間というのはおそらく音楽です。「音楽は一度流れると終わるまで止めてはならない」というのは奏者であれば誰でも知ってることですが、それに何かを打ち込むのがこのいざないづきのダンスだった気がします。

あ、いちおうわたしはダンスなんて習ったことないです。バレエなら基礎だけやってますけどバーレッスンレベルです。でもまあそれでも指先がどれほど大事か、姿勢も姿勢もどうあるべきかというのはわかります。
もしかしたら地元のお祭りにお神楽の奉納があってそれがすきですきで、毎年毎年見てるからというのもあるかもしれないです。

まあ、そのレベルですが、あのダンスはまさに「死地からの一歩」に見えました……生きるための一歩を踏み出す、踏み込む、踏みしめる、そこに手の動きが加わり、四人で円を描く。
場を支配し、潔めることだな、と思うのです。まさに潔斎かなと。

あのダンスが最初からドーム用に用意されていたものか、それとも後追いでついたものかはわからないけど、たしかにあの場を支配するために一役買った、というかあれがなにかの芯であったような気がしてならないとはずっと思ってました。


いざないづきのダンスについてはそんな感じです。次は歌かなーーーー歌に関してはほんとマニアックなこと書いてしまおうと思いますwww