星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

アルバム『QUARTETTO』より『星の王子さま』『Encore』(ちょっと『Wonder』)

"秋に咲いた不時の桜"
これを見た瞬間この作品に関して、ーー少なくとも歌詞に関して、何か言えたものではない、と思いました。

ふじ、が最初どの文字かわからなくて(音だけ先に聴いたので)、"不二"とか"不死"の可能性もあったので(後者は完全に古代日本脳)とりあえず帰宅して歌詞見たらぶっ倒れそうになりました。まあ…はい…ですよね…………トドメにライナーノーツ来るからもうほら、惨敗。ハイ惨敗!!!でもそれでいい!(ファンとして)
あとはカギカッコとかではなく読点を使ってきたあたりニクイ。ほんっっっとニクイ!!
まあこんな感じです。ライナーノーツである程度のこたえが出てるのでわたしの感想なんてほんとナンセンス!!イェア!!

わたしは曲を先に聴いちゃう人なので、これ聴いた瞬間に、「あ、昔みたい」って思いました。昔というのはヴァンパイアにメタモルフォーゼする前のことです。わたしいまだに『シャララタンバリン』がいちばんすきで、この『星の王子さま』はなんとなくですがそこと和音進行とか声の使い方が似てて フオオオオオオオオオ (;ω;(;ω;(;ω;`) ってなりました(察して)。
こどものおもちゃ』って漫画の番外編に「尖って尖ってトゲトゲになったものも尖り過ぎたらトゲでまた丸くなる」みたいな表現があり、それがとても印象的だったんですが、そんな感じがします。まあまだ途中経過な気はしますが。
彼の低音がとんでもなくすきなので聴き取りやすいし聴きやすいし、なにより特定の誰かを愛するのではなく、もしかしたら世界と世界の人を愛してるのかなって思えたのがいちばんしあわせです。
………あと、こやまさんの『愛のエレジー』からこれが始まった瞬間がすごくすき。こやまソロに関してはわたしいくちゃんの感想がダントツすきで(っていうかそれしか読んでないけどすきすぎて他に読む気が起きないw)、そのあとにこう、………あ、生きててよかった、ってほっとする最初の "音" だなあと。
………ほんとに小説と違って、"音" で中の苛烈さをくるるるんと隠してしまえるなあ、と感心してしまいます…(Wonderとかになるとゆうやさんがいるから苛烈さ漏れてるけど)
とにかくなんというか、過去と未来が融合したような『星の王子さま』だなあと、思うのです。

あと。……。
他のひとに歌って欲しい、とずっと言ってた意味が、なんかわかりました。とても感覚的なことなんだけど、ええと…うーん…たぶんみんなわかってるんだろうなあ…
それはおそらく、提供する、ということではなく、…誰かに渡すだけではなく……
おのれに対する救済だと思うのです。
そしてそういうところが、天性の「作曲家」である、と思うのです。逃れられないくらいに作曲家だなあと。


そしてゆうやさん。忘れそうなので先に書くと、『ごみ箱』に似てるなあと思いました。わたしがあの曲すきすぎるだけかもしれないけどあの真っ直ぐさがここにあった気がします。
そして。

もう一度、というタイトルでこんなにど直球な曲をよくもまあ……
なんていうか、

完璧。

最初のオブリガード的な ah の消え方が視界が歪むほどすきで。そしたら "ソファ腰掛け 肩にもたれる" のフレージングも最強だった。"もたれる" のあと小さくブレス入るのは、2コーラス目とは違うんですよね("叶いやしない")。ああなんて美しい、美しい日本語なんだろう……

とくにゆうやさんとしげあきは日本語が美しくて。歌うように話すなあ、というのはそれこそ『Wonder』で思いました。こないだのけーらじ聴いたあとに聴いたらよくわかったけども、話し言葉と齟齬がないの、この二人。話すひとと歌うひとが一致してる。心が一致してる。歌うように話し、話すようにーー語るように歌う。"詠う" に近い。詠うーー詠む、ですね。これはシングルの『星の旅人たち』でも思いましたが、本当にその "歌詞の通りに聴こえる"。聴こえるというのは、耳に届く、ということです。なんとなく "hear" のつもりでいても、"listen" で身体に入ってくるのはほんとに音楽のあるべき姿だなあと思うのです。

うん…
……入ってくるんですよ…入るのですよ…もうほんと問答無用で…


今日、彼らの音楽の本意とはなんだろう、と考えていて、午の頃のツイートになってたわけですが…つまりはそういうことかなと。

"つまり音楽ってすごく原始的な衝動の発露だから色っぽくてなんぼだ、って思ってます。ってことです。生きたいっていう衝動がある…(´・ш・)は直接的だし(∵*)だとお餅でくるるんしてるのがおもしろい(小説だと直接的なのに)"

"何言いたいかってのが「あなた」の時とほぼ変わってないんだけど、さらに言うならやはり常にファイティングポーズとって全力で殴り合えるのがにうすの音楽の良いところだと思ってます。少年漫画みたい(たとえが)。しかしただでさえKOされるのにたまに背後からやられるけど(ドラマ傘蟻がいい例)。"

表現することは戦うことです。常に問うこと、常に模索すること、常に相手を尊重すること。

性と生は文字通りそこに "にんべん" があって本質は同じなのだと思う…しげあきの小説なんてまさにそうだしゆうやさんの歌もそうだし。

本意ってなんだろうな。と思うと、

"全力で殴りに来るならこっちも全力で受け止めて殴り返すという愛の交換は、つまり信頼関係ってやつだと思います。「自分の音を聴き、相手の音を聴くこと」"

これかもしれないです。全力で "表現" って愛をもらってぶつかり合って闘って生きること。

身振り(舞、ダンス)も、歌うことも、初めはきっと生きるための手段だったと思うんですね。危険があることを知らせる悲鳴、生き延びたことを感謝し安堵する吐息、そういう、生きたい、って本能。

や、わかんないけどね!(笑)それのためのツアーかなとも思います。
そんな感じです。またもやシゲテゴメインでした…

音楽なんてたぶんエロス=生命、みたいなもんだからなあ。っていう身も蓋もないシメで終わります。察してwww
『Wonder』と『ライフ』についてはまた書けたら書きます〜ゆるゆると。ね。