星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

『だいじなもの』読みました。 -『ピンクとグレー』スピンオフ感想-

わかりやすいなあ。

さらっと読んだときの感想、これでした。少しわらってしまったくらいに、――もちろん、うれしいというか、そういうプラスの感情でわらってしまったくらいに。

野性時代146号、『ピンクとグレー』スピンオフ『だいじなもの』、感想というか相変わらず雑感です。

福岡は通常、遅れ日数から計算すると火曜入荷なのですが、おともだちが助けてくれて、日曜日の夜、それこそ20時に届きました。おともだちもだけど郵便局員さん本当にありがとうございます。世の中ほんとにお仕事してるひとたちがいるから読めるんだっておもったヨ…

さて、話を戻しますと。

閃光スクランブル』文庫版のあとがきで本人が書いてたように、書いてるときの心理状態というか、こころの模様が文体に表れるひとだなあ、と、ふわふわした気持ちで読み終えました。(文庫版あとがきの「そこには自分の精神状態がいくらか反映されていた」という部分です)
そういえば、シゲ部でたしか、そんなこといってましたっけ。聴き直してないのでうろ覚えですが、「あたたかい物語になった」と言ってた気がします。

技巧的でもなく、仕掛けがあるわけでもなく、ただ、ひとりの「ひと」から見た、『ピンクとグレー』の世界。って、こんなにも劇的でも絢爛豪華でもない、んですねえ。作中にありましたけど、「普通の人」が見る景色ってきっとこんななんだろうなあ。
で、そこがきっとだいじなんですね。


こたえあわせ、ということばを最近わたしの周りで聞くことが多く、この作品もまたその例に漏れないような気がしています。
映画『ピンクとグレー』が封切られるまで一ヶ月を切ったいま出すなら、そうか、"閉じる" ことができるのだなとおもったんですね。閉じるというと語弊がありそうだけど、なんというか、…包む、ことができる気がしてます。風呂敷をたたんだ感じにも似てるかもしれない(笑)。
なにかインタビューとかあったら、たぶん、まあ、しげあきのことだからうまいこと応えるんだろうけど、もしかしたらこのスピンオフがいちばんのこたえではないかとおもうのです。映画に対する、原作に "なってしまった" 『ピンクとグレー』に対する。


ちょいと話はそれますが、テレビガイドパーソンはこのちょうど一週間前に発売されたんですっけね。加藤シゲアキの名前のとなりに「小説家」という文字をみつけて、ああ、なるほど、とおもいました。
内容は、いつもラジオとかで話していることばかりだったのでそう目新しいこともなかったんですが(それこそこれも『こたえあわせ』のようなものです)、個人的には映画に関してよりも、小説の書き方のがひっかかっててました。この対話部分がとても印象的。

インタビュアー:傘を持たない蟻たちは」を拝見した時、文体がすっきりした印象を受けたんですよね。表現とか言葉の枝葉にムダがないというか。

 

加藤シゲアキ:(中略)枝葉を捨てるわけじゃなく、必要な部分に取り込むっていう感覚はすごくあった。(中略)今も最初はどんどん枝葉をつけて、校正で削っていく感じかな。(中略)面白く、気持ちよく読める小説っていうのは意識した部分。

 

また、こんなところも。

最初はテーマや構造を考えるけど、それを言葉で表現して文字で埋めていく中で、好きなもの、やりたいことはもちろん、悩みや迷いも出ちゃうんだろうなって。意識的じゃなく、ついつい(笑)。

あ、冒頭で言ったことまんまでした。文字映してみたら(笑)。

『枝葉をつけて、削っていく』。これをやるひとなんだろうなあ、とはもともとおもってましたが(というか読んでりゃ誰でもわかる)、文庫版『閃光スクランブル』のあとがきのあの淡々としたうつくしさと、ベスアで見せた『ANTHEM』のダンスと、そしてこのスピンオフをみたら、このひとはいろんなものを削ぎ落としていまここにいるんだなあとおもったのです。

閉じる、というよりも、なんだろう、………もしかしたら、しげあきにとって当時の『ピンクとグレー』は、いまこう見えてるのかな、っていう気がしてます。こう、とは、この『だいじなもの』のことです。
いろんなものを吸収しながら螺旋のように上昇して、ぐるっと回って戻ってきたらたくさんの装飾を必要と "しなくなった" んだなーって。
そうやって紡がれたこの作品は、技巧的でもなく、仕掛けがあるわけでもなく、ただ、ひとりの "ひと" から見た、『ピンクとグレー』の世界で。当事者たちの見た世界のように絢爛豪華でもなく、ただひたすらに淡々と。ウェルテル効果なんて遠い遠い別次元のように。

 

本当は認めたくなかったけど


過去をくるっと、まるっと螺旋の世界に包み込んでるようです。何も分離せず、内包する強さを持った人だからこそ言えることなのではないかとおもうのです。

くるんと内包してひとつに抱かれた世界にたゆたい、ゆっくりと本を閉じたとき。
おもうのはひたすらに、ああしあわせだなあ、でした。それはまちがいなく、書いている本人がしあわせなんだろうなと、……思いのほか、染み入るように実感してしまったのです。

 

"だいじなもの"

『大事なもの』でもなく、『だいじな物』でもなく、『大事なモノ』でもなく。

ひらがなの音に包まれた『だいじなもの』。

見つけたんだろうなあ。ちゃんとそこにあるんだろうなあ。

おもうほどに、いとおしく、そして、しあわせな作品でした。

 

 

小説 野性時代 第146号 (角川文芸ムック)

小説 野性時代 第146号 (角川文芸ムック)

 

 

TVガイド PERSON VOL.40

TVガイド PERSON VOL.40