星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

四銃士カップリング投票結果 -世界にくさびを打ち込むのは-

四銃士』のテゴマスソロのところ(正確には順番はマステゴ)に、ユニゾンのように弦楽器がいるのにお気づきでしょうか。

戦いは いつでも 自分のためではなく
弱き者 守り抜く 信念が ある限り 迷いはない


歌だけではないこのあたりまえのこと。みなさんお気づきだと思いますが自分メモで歌詞を載せておきました。

四銃士』のなにがすごいか、は、以前のエントリーで馬鹿みたいに書いてますが、あらためて掘り下げるならばそれは、やはり、企画などを置いてもその作品性――西本先生の「編曲のちから」において他なりません。
今回MVが比較的おとなしいものだったのですが――それは単純にダンスシーンがが少なかったというだけなのです(当者比)――ダンスシーンにくぎ付けになる時間の余剰を『四銃士』というひとつの "アルバム" に費やすことができた気がします。


アルバム『White』のときもそうだったのですが、この一枚のCDに、俗に言う捨て曲はありません。それはひとえに、構成が素晴らしいからだと考えています。
あ、もちろん他にも要因はありますが、まずここが成り立ってないとアルバムのバランスが崩壊するんですよね。
ええと、もちをらしくたとえるなら、ショパンスケルツォ、もしくはバラード。このどちらも4曲ずつなのですね。『四銃士』と同じで。(※スケルツォとバラードに関して補足が必要かイマイチわからないのでとりあえず割愛)

以前シングル『KAGUYA』の4曲を "ソナタ" のようだといったことがありますが…それは『勿忘草』が大きな役割を果たしていたことにも起因します。あれはインテルメッツォ(間奏曲)の役割も担っていたのではないかとおもうのです。緩衝材のようであり、重要な橋渡しでした。それを含む『KAGUYA』はやはり、"ソナタ" ではないのかなと、個人的な感覚では思うのです。

しかし今回の『四銃士』は、まとめると一冊の楽譜になるように感じられました。それぞれが独立した楽曲でありながらその根底にあるのは常に同じテーマを持つ…という。それはNEWSの強みと同じだとも思っています。

「守るべきスタイル」なんてない
新しいことに手を伸ばす事に躊躇がない
最後までコンセプトは変わらない

変わることがNEWSの本質であること、本質は揺るがないこと。

思い返せば特に、アルバム『NEWS』からそれは顕著でした。一枚のCDとしての構成センスがずば抜けている。『一篇のアルバム』と呼んでいいとさえ思います。
良いアルバムと良い曲はちがいます。良い曲をただ雑然と並べるのでは良い曲は良い曲でしかなく、むしろ前後の並びによってその良さが損なわれることもありますね。(こんなのみんな知ってるわ)
それが、NEWSのリリースするものにはない――これはひどく恐ろしいことです。相当なセンスがないとできない。
組曲も変奏曲も自作したことがある身からいわせると(しかしヤマハの課題なので大したことない、ハズ)、この構成を成立させるには相当研究が必要だし、センスがないと無理だし、そもそも選曲もだし……

なにより曲に負けない歌唱力と解釈が必要です。
そしてそこを、NEWSはぜったいに裏切らない。


そして…時間が空いてしまいましたが、投票結果です。(そもそもこれのためのエントリーだったのに前置き長すぎる)
曲を比べることはナンセンスなのですが、担当としての傾向がある気がして、たずねてみたくなりました。結果は以下です。投票してくださった方ありがとうございました。ネタをくれたおともだちにも最大級の愛を(愛でいい?)。

この二曲にしたのは、発売までに『四銃士』と『ANTHEM』はおおよそ膾炙していたからです。なので、それを抜きにした二曲に絞ってみたかったのでした。

まずは全体的に。

 

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ほぼ互角で、若干『永遠』がリード。
次に、てご担さんに向けて。

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こちらほぼ7:3で『永遠』です。
んで、しげ担さんに。

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6:4で『SPEAKER』でした。

 

もちろんこれがすべてだと思うことはないんですが、傾向としておもしろいな、と思いました。それぞれに響くところがあるんだろうな、と思っています。前述したエントリーにて少し触れたので、ここでは割愛しますね。

 


…………もしかしたら、ですが。
ベスアでANTHEMを披露したのにもちのヤロウダンスについてなにもいってないぜハハハ!って思われてたらそれは…訂正します。
はきました。
ええもう物理的にきた!はいたーーーーまじかよ (;ω;(;ω;(;ω;`) ぐるじい (;ω;(;ω;(;ω;`) ってなりました。ウフフわらえなーい

予想以上でした。しげあきのダンスがね!Whiteツアーの比ではなかった!わたしの中でほぼ満点です。余計な力みなく、音とぴたりと合う動き…自分で撮ったvineをたまたまサイレントにして確認していてさらに愕然としましたもん。(『歓喜起こす』のところとかしかばね)
伸ばす、引き寄せる、なぞる、軸に立つ。すべてに無駄がない、すべてが音と合う。もうベストなんですよ…泣きたいくらいに。
肘の梃子を利用してる、とか、手の行く先が「みえる」……この、行き先がみえる、梃子を利用してる、関節の動きというのは、わたしがフィギュアスケートオタであること、バレエをかじっていたことを差し引いて、なによりピアノを弾くからです。
人間は人間らしく動くことで(関節の動きを自然に近い形で使うこと、にあたります)、自分の体の幅を知り、おのれの指先までの距離を知り、それを「どこに置いたらいいか」を把握し、そのための意思を持って動くのです――もちろん芯はブレることなど、一切なく。

それこそ、テレビガイドパーソンズでいっていた「枝葉を削っていく」に似ていると思います。理解したうえでシンプルに落とし込む。これめっちゃ(個人的な)理想です。パーソンズここがいちばんすきでしたーーーちょうすきーーーー)

以下、ちょっと楽譜置いてみますけどまあわかんないですね。わたしもどう説明したらいいかわかんないのでとりあえず。

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それこそショパンスケルツォ2番の最後の最後なんですけど、これちっちゃい音符弾いてそのまま大きい音符を弾くんですよ。距離的にはピアノの真ん中から両端。そこに一気にコンマの世界で両手を広げます(もちろんカメレオンではないので目線は片方にしか向けられないのでわたしは右手に向けてます)。
この『距離感』というのは、慣れもありますが、そこに持っていく『意思』が第一条件です。
第二条件、というより同時に、ですが、必要なのはイメージ。この曲のここの部分ならば…たとえばそうだな、「バネのような跳躍」「弓をつがえて引き絞り、放つ」こんな感じです。確実に、『ここ』と『標的』がある状態です。それを中心に座った自分の芯をぶれさせないことで制御するんですよね。

で。

たぶん、ANTHEMのしげあきはこれをやってました。わたしの感覚に寄せて説明しているので、ほぼ他人には通じないだろうとは思うのですが…まあ、いつもこんな視界なんだよっていうご紹介で…。

恐ろしいほどにストレスがないダンスにわたしはあの時徐々におのれが壊れていく……ほどけていくのに気づいて、未来永劫紡ぐであろうおもいに途方に暮れたんですね………立ち直ってみれば、これほど担当冥利に尽きることはないんですけど。

最近読み返してた愛読書にこんなことが書いてありました。拍についてです。これはつい昨日、自身のWRを更新した羽生くんにも同じことが言えます。

 

「舞には、ひと続きの身振りに必ずくり返しがある。くり返すことでととのっていくものがある。厳密なくり返し、でも、本当はくり返すたびに微妙に異なっていくくり返し。なぜなら、これこそが、時の中に律を生み出す行為だから。時がただただ押し流し、どこまでも流れ去っていくものに、拍子でくさびを打って、わずかにとどめてみせるのよ。音律がこの場をつむいで、左右をととのえて、つなぎ止めていく。」

荻原規子著『風神秘抄』徳間書店刊(ハードカバー)209ページ 糸世の台詞より抜粋 

 

しげあきは確実にくさびを打ち込んでいった。音とそれに共鳴するおのれの意思としてのダンスにくさびを打ち込ませて、また曲に共鳴する。あまりに根源的であまりに重要な、それでいて難しいことを。

 

音と舞――ダンスに限らず、たとえばそれこそしげあきがやっている『書くこと』でもそうで、人間はその時間軸に音律というくさびを打ち込むことによって、おのれがどこに立っているのかを知るのかもしれません。

くさびを打ち込み、そこに跡――轍と呼んでもいいかもしれない――をつけることで拍子が生まれ、そこに個が発生する。それが個性となる。
ここのところ、そんなことを考えていました。それができるひとならばきっと、世界の層の上のほうにあるものを共有することもできるのだとおもうのです。

 

… えっはなしでかい? そうでもないよ!

だって四銃士オーケストレーション、それだもん。

最初に戻りましょう。
「『四銃士』のテゴマスソロのところ(正確には順番はマステゴ)に、ユニゾンのように弦楽器がいるのにお気づきでしょうか」。

たぶん、ですけど。
世界と共鳴するちから。
それがあるのがきっと、この四銃士という一枚のCDなんですね。
それをわたしたちのもとに届けてくれた…すべてのひとたちをひっくるめたNEWSというメンバーは、きっとわたしの時間軸にも世界にもくさびを打ち続けて、わたしの何かを振るわせていくのだな、とおもうのです。

 

 

 せっかくなので引用した作品をオススメしときます。Whiteツアーがすきだったひとならここに書いてあることがきっとわかるはずです。わかんなかったらすごいとおもう。

風神秘抄

風神秘抄