星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

NEWS新曲『四銃士』 カップリング雑記:永遠・SPEAKER

さっきは四銃士だけの感想かきました。あれは自分が『クラシックとポップスどっちにも属する人間』というちょっと別格のものだったので、記事を分けました。
ここからは、カップリング曲についての雑記です。

 

まずはトータルおもってることを書きますが、ええと毎度のごとくしげあきとてごちゃんに関してになります。というのも…あれなんですよ、自信持って喋れるのがこの二人なんですね(苦笑)。しげあきはじたんだし(でも、じたんだからっていつでも正解を当てていられるとは思っていないので、もちろんこれも推測です。あとは、てご担当さんって結構しげあきに関して深く考えてらっしゃるから、そこからもらうものが多いのです)、てごちゃんに関してはてご担当のおともだちが「もちの解釈はほぼあってる」って毎回励ましてくれるのです(お世辞込みだけど)。だからいつもこの二人なんです…。

このふたり、一昨日のベストアーティストで改めて確認しましたけど、声の向きがおなじです。ね。
音には向かう先、というのがある…弾きはじめをどうしたい、いま出した一音をどうしたい、その次をどうしたい、というものですが…そういえば、四銃士のメイキングでの西本先生との対談でこやまさんが「この二つ目を鋭くなど指示して(ニュアンス)」と言っていた、あれのことです。
もしくは、そうだな…習字の『とめはねはらい』や筆の強さなんかをイメージしてもらうとわかりやすいかもです。あれが音にも必ずある。

てごしげはこれが確実に感じ(聴き)取れて、その音の切っ先は確実にわたしの心臓を向いていて、そしておなじ高い層に届いている。

これはWhiteツアーの広島公演、サヤエンドウあたりで気づきました。たぶん当時、「倍音が聞こえる」とかいってたとおもう。倍音が発生するということはおなじ周波数というか…なんというか、『おなじフィールド』にある音なんですねきっと。このへんわたしより詳しい人がいるのでどうぞそちらを参考に。
これを音の束、と呼んだり、方向、とか、ミルフィーユ、とか、層、とか。みんな表現は様々ですが、感じ取れているものはおなじだと思います。
それが確実に『音源』として届いたのが、この四銃士のカップリングだと感じたのでした。

 

てご担のおともだちと話してて、おもしろいことに気づきました。『永遠』と『SPEAKER』を比べたときに。

わたしは『SPEAKER』がどちらかというとすきで、おともだちは『永遠』がよりすき。理由は、

しげあきの苛烈さが伝わるから
てごちゃんの優しさが伝わるから

お互いに、おそらく、いつもは真逆に見えている自担の内側…芯にあるものに触れることが、よりできる曲をすきなんだとおもいます。

ツイッターでアンケート取ったのもそれが起因となってます(笑)。これの結果はおいおい追記しますね。

 

ハモり分析とかはおともだちにお任せしてるので(わたしどっちかっていうとハモりよりコード進行とか曲の形式を気にしがち。聞き分けはそれなりにできるんですけどより正確なものが良いと思う)、各曲の印象をつらつら書いてみたいと思います。

 

『永遠』

まず誰でも思うと思う。「アカペラのキー、高っか!!!!」。これ。
いやもー高いわーほんと。『永遠』だけじゃないけどまじ高い…

この曲ってすごく内面を歌い上げる曲ですね。だからこそ、声もあまりに美しく、まろやかで。
でもそれでも、個人的には、ツアーをみてたらてごしげの声って「予想の範囲内」でした。
日本語が非常に綺麗。きちんと日本語の文章で聴こえるって、ものすごくむずかしいのにそれを難しそうではなく、そして情緒豊かに伝える二人には心の底からありがとうといいたいです。だって日本語の文章で聴こえるってことはその歌詞を理解してる、もしくは理解しようとしているということで。歌の難しさってここに極まれり、なんですよね。言葉も伝えて音も伝えてって、実は相当むずかしいって気づいてる人少ないんだよねえ(確か日本歌曲は声楽科のでは最後にやるんだったと記憶している)
言葉がわかるということは、音…音程も、一音たりとも緊張感失っていないということで。言葉尻の余韻さえも気を抜いてないことの証左だと思ってます。
音程と言語の両立。そこからしか生まれないものがある。

感動、って、感情が動く、と、書くから、それだけでこたえですね。
いちおう書いておくとしげあきのパートでいちばん耳に入って来たのは「どうかなくさないでそのままで」、てごちゃん「終わるのに」このあたりです。しぬほどいとおしい。

 

『SPEAKER』

そして、初めて聴いたときに肩震わせて泣いたのが『SPEAKER』。
出だしのてごちゃんの「手を伸ばした」だけで、ドンッ、と、身体の中で鐘を鳴らされたようだった。そこからはもう、震えが止まらない。

以下、ちょっと、当時のツイッターから引用。

圧倒的な光を纏う翼と、焦がれる少年の差し伸べる手が交わる瞬間の上昇気流。
だとおもってるあそこは。咽び泣いたスンマセン

 

SPEAKERの四つ打ちは心拍数であり、歩を進める足音であり、扉を開けようとする、抗うこぶしだ。
風が沿うように言葉とおなじところで曲にブレスがある…タイトルの通り。この曲は「生きてる」。この曲はたぶん、ひとりの人間で、NEWSという「生きる一人の姿」だ。光に焦がれる上昇気流。

要所要所でてごしげはパートが呼応してて、あ、これ、『永遠』もですが(探してみると面白いと思う)。これすごいとおもった。
なにより、「行きたい未来」からのしげあきの強さはいまだかつてなくて、「響け」で完全に心臓持って行かれました。まじで。刺されるどころじゃないんだよ。持って行かれたんですよ。空のかなたに。

『永遠』と真逆に、とても絵画的というか、情景が思い浮かぶ曲だとおもってます。空、草原で佇む少年と、そこから差す光と、手を伸ばしてつかむ天のつばさ。そういうのがブワッと「見える」のがこの『SPEAKER』。

鳴らせ 秘めたる想い
解き放て 飛ばせ
誰かじゃなくて 自分の胸が叫ぶままに

歌詞カード読む前から「こうにしか聴こえない」って、すげーカルチャーショックでした………前述した音程と言語の両立ってやつですね。歌詞カード読む前よりって、つまりは日常生活の声とおなじように聞こえたってことで。聴くじゃなくて。本能でわかるって、どうなってんだYOてごしげ…


楽曲的な視点から言うなら、ヘッドホンで聴く方多いと思うんですが、ぜひこれ、サビの「sing it loud」の後と、大サビ前のてごちゃんの「もう何回も」の前。
ここ、インストが一瞬切れるんです。これ、言葉に合わせてあるんですね。
ここ聴いて欲しい。隙間を聴く、ということ。一瞬の「曲自体のブレス」…つまり、呼吸を。

この曲のふしぎなところは。
1コーラス目だとそうでもないのに、2コーラス目になると一度サビを「体感している」だけに、聴こえが違うんですよね(わたしだけかな)。もしかしたらわたしが気づいてないロジックとかが曲に仕込んであるのかもだけど。

四つ打ちは前述したように足音であり鼓動でありノックで。
そしてサビになって聞こえてくるベースライン ”a-h-cis-e(またはgis)" の繰り返し(あ、ポップス風に言うと… ”A-B-C#-E もしくは G# "になるんだっけ。もううろ覚え…)
人間の遺伝子が螺旋状であるように、この曲のベースラインの役割ってそれじゃないかなと。おもいました。

螺旋って、円を描くようで必ず戻ればそこは一つ上の階層で、単なるループではないんですよね。絶対的な ”進化” がそこにある。
あと、これまた不思議なのが、このベースライン、シンセとかの音のはずなんでけど、かすかにパイプオルガンの音がするんですよね。音というより、響きと言うか。たまたまなのか故意なのかわからないし、わたし個人の感覚でしかないのかもしれないけど。

あと『永遠』もだけど、これ、Aメロから1オクターブ跳躍とかマジ鬼wwww って思ってます。

もう一度いおう、この曲は、この曲そのものが「生きている」。

わたし、こんなに、「曲自体が生きてる」とおもったのは恐らくはじめてです。ポップスでね。(クラシック音楽とは分けて言います。敢えて)(根に持つ)

あと、じたんに関してちょっと思ったのが、おそらくA、B、サビ前、サビで歌い方変えてきてるし…ってこれまた前述した音程と言語の両立ってやつですけど。チャンカパーナで言っていた「がなる」、ではなく。ただ音を飛ばしてるわけでもないんです。

飛翔する。目的地に向かって。

 

……ああ、『ANTHEM』までたどり着かなかった…ちょっとタイムアップ。中途半端になっちゃってゴメンナサイ。

とにかくこんな感じです。なんなら『ANTHEM』もほぼ同じかな。
またそのうち修正するかもです。
もしここまで読んだ方おられましたら、ありがとうございました。