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星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

花が枯れる前に 2 - 2015年11月11日に寄せて -

夜中に15分くらいでほぼ一発書きしたので、特に古館さんのところの言い回しがわかりにくかったですスミマセン…緑の文字のところは修正ですのでよろしゅうお願いします。最後に追記もしておきました。

 

てごちゃんの28回目のお誕生日が終わりました。
今年はアイコンも作って、ヘッダーは「11」つながりのてごしげなのでもう少し残しておいてもいいかなとおもってますが、日付が変わったあと戻したら…

すごく落ち着いた(笑)。
例えるなら、コンサートあと、家にたどり着いたような。
いつもヤマハのピアノだけど、その一日、スタインウェイのキラキラした音に触れていて、それから自宅のヤマハくんに触れたら、とても体に馴染むような。
そんな感じです。

あと、みんなからよく言われるのが、いまのアイコンのが「あなたらしい」ということ。不思議だね(笑)。じたんはこっち、絶対見ないんですよ。


こんなにてご担さんたちと一日楽しく過ごしたことがなくて、わたしのこと構ってくださるみなさまには頭が上がりません。ありがとうございます。

実はね、昨日になるけど、一斉にTLが「おめでとう」の言葉にあふれて、自分もおめでとうと、いつもいつも思っていることをつぶやいて。
布団に移動したら思ったのです。

ああ、わたし、じたんをいま、ものっすごい褒めてやりたい!と。
なんのてらいもなく、いつもいつも胸の奥にしまってる言葉たちを連れて来たいとおもったんですよ。いつもは絶対外に出せない(苦笑)。

それほどにてご担さんたちの愛があまりにもカラフルで美しかった。カラフルでなおヴィヴィッド。ファンファーレが鳴り止まなくて、光がめくるめくように煌びやかで、桃色と白の花吹雪が舞う中にいるみたいでした。音が絢爛豪華に世界中を包んでいるようでした。絵本の中にいるようでした。

 

わたしにとっててごしげは、何度も言うけどとてもよく似てて、やり方は違えどとても芸術肌で、信念があって努力を怠らないとても音楽的なひとたち。

7/11×11/11という同い年、11の妙を、とても深く感じた一日だった気がします。

誰かの『すき』は誰かの『すき』を傷つけることがある。
とは、わたしの自戒ですが、

11月11日は違った。

誰かの『すき』は、わたしの『すき』を振るわせた。
層が何層にも増えてゆくような、言葉が溢れるようなあの気分は久しぶりでした。

そう、たぶんそれって、コンサートの中みたいでした。音が震えてみんなが一斉に同じ人を見つめて、歓喜の光が空に立ち昇る。昇った光は星となる。
…コンサートと同じでした。

 

てごちゃん、28歳おめでとう。

”あなたの歌と音楽と叡智と勇気と、何より笑顔を、あいしてます。歌ってくれて、笑ってくれて、ずっとそこに「立っていてくれて」ありがとう。”

矢面に立つひと。それが我らが手越祐也Twitterで0時を超えたときに呟いたのは、そんな意味の言葉でした。

そしてあらためて言うよ、しげあきも28歳おめでとう。あなたの感性はわたしを許す。どんなに感謝してもし足りない。だから、どんな世界でもわたしはあなたの感性に食らいついて行くよ。新しい企画、「シゲアキのクラウド」おめでとう。てごちゃんが天空から降る音階のようならば、しげあきは湖の底を震わせるただひとつの宝石です。そんな言葉に出会えたなんて、わたしはしあわせものです。

ひとを祝うというのはこんなにもしあわせなことなのだなと、甥っ子が生まれたぶりにおもいました。

…以前、報ステで古館さんが「仕事とは、困っているひとを助けることだ」というようなことを言っていたのをまだなんとなく覚えているのですが、二人はそれをわかりやすく体現しているのだと思うのです。

自分が楽しむことによって、人が楽しくなる。
そういうことが根底にあるから、外国で全身クモを描かれたり、脳内クラウドのパスを教えてくれたりするんだと思う。その確固たるエンタテイメント性に、わたしたちは救われているのだから、まさしくそれは仕事――人を助けること――になるのだと思うのです。それはそのまま、先日のシゲ部での部長のコメント『だから自分のベースに「人を喜ばせるのが当たり前」っていうのがあるから』ということにも繋がるのだと。

あきらめようとする自分の心を奮い立たせる、だからこそ彼らはアイドルであり表現者であるのだろうと、思うのです。

もう一度言うよ。ひとを祝うということは、こんなにもひとをしあわせにするのだと、心の奥底から震えるような歓喜の一日でした。

 

おめでとう。ありがとう。28歳、いい一年にしてくださいね。

 

 

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追記。Twitterに12日の夕方、こんなことを書きました。(おひとり、「わかる」って言ってもらえてうれしかったな~)

”たぶん、しげあきについての言葉を綴っていったらきっとわたしがほどけてしまうのだと思う。それほどにあの子に対する音は多いです。”

いつも思っていることを言葉にするのは難しいです。止めどなく鳴り響く音を綴れば綴るほどに”わたし”が音の粒になってほどけて消え入りそうになるのです。わたしが自担よりてごちゃんのことを書くのはおそらくそれがゆえであって、そしててごちゃんへの言葉はしげあきへの言葉と同じものが多いのです。

書かないんではないです。書けないんですね。打ちひしがれるくらいに。