星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

2015年10月25日 シゲ部のすきなところ抜粋

他人に読まれることを意識する瞬間はありますか?
また書いているときに読み手を意識することがありますか?
とても興味があります。

というメールに対する返答がとても面白かった…というか、自分が考えて、お友達とそれこそ前日に話していたことととても似ていたので記録に起こしてみました。
また、まさにある部分が、わたしがピアノを弾くときに気掛けているところでもありました。

ちょいちょいニュアンスなんですが、自分メモなのでお許しくださいね。感想とかも無し、ともかくメモ!って感じです。

 

えー、「他人を意識することがありますか」、っていうことですよね、わかりやすく言うと。

あの…読み手を意識するっていうことと、他人を意識するってことはたぶん、俺、イコールじゃないと思うんですよね。
読み手は、自分だから。


わかりやすく言うと、自分の小説を一番最初に読む人は僕じゃないですか。
だから、『自分が読み手』という感覚を、大事にすれば良くて。
なんかねこのたぶん、『他人』っていうのを、不特定多数にすると、不安になるんですよね。

 

「これ、好きな人は好きかもしんないけど多くのひとに受け入れられるかな」。

 

でも、まあ、俺の発想なんだけど。さっきから何回も言うけど、俺凡人だから、すごい、変態的な趣味とかないわけ。
それこそみんなが良いものってやっぱり良かったりするし。
まあ、『みんなが嫌いでも自分だけ好き』ってものもあるんだけど。
小説なんて、本屋さんに並んでる時点で、それなりにこう、形になってるというか。編集の人がつまんなかったら出さないわけだから。出版社にとっても損なわけだし。
だから、自分の感覚が、別に世間と相当ずれてるとは思わないわけですよ。
だから、自分が納得できるものは、それなりに、大丈夫だろうと。

 

逆に思うのは、そっちに迎合するほうが怖いっていうか。他人に読まれることばっかり意識すると、どんどんどんどんこう、削ぎ取られて、普通になっちゃう。一般的…

 

だから、音楽で言うと、『すげえいい曲だけど、…なんか別に残らない』みたいな。

 

そういうのって、音楽だけじゃなく、なんでも、まあ小説も一緒かなあと思うんで。どっちかっていうともし書けないんだとしたら、別に、意識しなくていいし。

 

ただ、自分を客観的に二人持っとくというか、書く人と読む人、自分の中に二人いればいいかな、と思います。それがいちばん…うーん、大事、ですね。うん。

 

うんまあ、もっと、もちろんそのだからさあ、やっぱ "ジャニーズ" っていうところで僕が育ってきたから、ひとに見られるというか、「人が喜ぶか喜ばないか」が、もちろんすごいでかいところにいるわけです。エンターテイメントってそういうものだから。

 

だから自分のベースに「人を喜ばせるのが当たり前」っていうのがあるから、なんか別にその、意識しなくてもできちゃうっていうところは、…できちゃうっていうか意識しなくても、勝手に意識しちゃってる、ていう。無意識で、そういうことを意識してるっていう部分はあるかなぁと…思います。かね。ちょっと最後のほうぐちゃぐちゃになってしまいましたけども。