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星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

ミニマル・デザインという表現(タイトルに騙されないように)

ミニマル・デザイン(Minimal Design)は、あまり使用しない機能のせいでシステムが肥大化することを避け、必要最小限の機能に絞って設計することをいう。

Webでこの言葉が使われるようになって久しいです。でも別にWebの話をするわけではなくしげあきの話なんですけど(苦笑)。

昨日、てごちゃんの歌には sotto voce がある、ということを考えつつ、しげあきのお写真を眺めてましたらふと思ったのです。

あれ? しげあきの表現方法って、わりとこれなんではないかな?

と。

 


以前askで、「彼はテーマやモティーフを持って創作にあたるのでは」と書きました。また、「ESCORT」の感想もそうです(なので誤字修正を兼ねてaskから移植しました)
あとは、すきでよく「ごみ箱」を聴くのです。あんなに美しい和音進行はなかなかないと常々思って悶絶してるのですが、そこには「自分の歌詞ではない」「自分が歌うのではない」という「制約のもと」という縛りがあるのですよね。

そういうことを考えてたら、こういうことも、ミニマルデザインと言えるのではないかと、ふと思ったのでした。

余計なものを削ぎ落とし、必要なものを、最適なデザインで構成する。

それって別にWebだけでもDTPだけでもなくて、音楽にも、文章にも必要なことがらだとおもってるんです。
音楽も小説もデザインではない、とか、そーんな情緒のないこと言われそうで怖いんですが(苦笑)、じゃあ目に見える写真ならいいかなあ、ということで写真に当てはめると、……
きっと視覚的にわかりやすく、「sotto voce」があるとおもうのです。

sotto voce。音楽用語で、小さな声で、と訳します。
小さな声というのは、繰り返しになりますが、大きな声を出すより難しいんです。
…ことばが足りなかった。つまり、

「大きな声で表現することよりも、小さな声で表現することのほうが、何倍も難しいんです。」

ってやつ。
そしてそれは、きっと、声だけに限りません。

「カメラを画素数で選んじゃダメだ」ってなことを全国放送(ですよね?)で言ってこれも久しいですが、彼の写真の「色」は、もしかして、無意識的にかもしれませんが、振り幅が狭目に設定されているのかな、とおもうのでした。

ええと…何と言いますか。
たぶん、普通の人なら、1から100の間で表現(撮影)しようとするんですが、彼の場合、30から75の間で……もしかしたらもっと狭いかも知れないけど、その中での表現のように感じられるんです。ええまたしても個人的な感覚ですが。

たとえばその45の中で表現すると……最小値から最大値の間こそ少ないもののその中の濃やかさが際立つのではないかとおもうんです。色相、彩度を調節すればするほど、「うまく見える」けど、その幅を狭める「制約」を持たせることによってしか表現できない何か…それこそ、世界の中の極小の美しさだったり、瞬間的な感情の発露を描くことができるのではないか、とおもうのです。

狭いってことは、別に、苦しいだけ、ではなく、その中でこそ見つかる何かがあるから、うれしくなるし、美しいんではないかとおもうのです。
もしかして、ニッチ、にも近いかもしれません(直訳で「隙間」だし)。でも、そこを追って行くからこそ見えてくるものがあるし、そこに生きる喜びというか……うーんと、「この先がまだ知りたいから、もう少し生きてみようかな」という何かがあるような気がするんです。(…またもや荻原先生の二番煎じになりましたが…)

 

基礎ができてこそ、要不要がわかる。
理論と感覚の両立、とでも言いますか、非常にそのバランスが良いんですね。……と、個人的にはおもってます。

少ないことは取捨選択をすることで、その最適化とは骨の折れる作業なのですが、その中に「楽しみ」を見つけてこそ、生まれ出でるデザインが美しいのだなとおもうのです。

非常に狭いところを、自分自身の感覚で追っていく作業は、実はとても、生きるエネルギーになるんですよね、きっと。

 

そして…
実を言うとこれは、置き換えればすべててごちゃんにも言えることで、つまりは先日のてごソロの話もしげあきに置き換えることができるんですよ…わたしの中では(苦笑)。
ひいては、Whiteというツアーにも共通するものがあり、
…ただそれは各人が持つ感覚に因るものだというのも確かですが。

 

「Less is more(少ない事は効果的だ)」と、「Less is bore(少ない事は退屈だ)」。

このバランスの中で生まれる「その人ならでは」の黄金比、または白銀比を感じることができたら、そこにこそ「聴き手」「読み手」側の感動の発露…生きるための一歩、があるのだとも、おもうのでした。

美しいということは、きっと、自然の摂理に適ったことを指すのであって、そこにスパイス的な「歪み」…個性があるからこそ、より世界の美しさが引き立つのではないかとも、思うのでした。

 

そんな、個人的メモ、です。

ミニマルデザイン。奥が深いよね。(こんな考え方するやつなんてWeb屋で他に居るのかまじで謎なんだけど)

というわけで、いつかモバイルフレンドリー(Web用語)だいすき!と嘘でも言えるようにならないとなあ…という仕事目線で結んでおこうとおもいます。カメラ買うのも結局わたしの場合仕事の後押しがなかったらできなかったことだし。
…って、一体なんの話だか…

 

余談ですが、余白についての説明がとてもわかりやすいのでリンク。Less~のところも書いてありますね。

www.webcreatorbox.com