星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

ask回答:『コンサートでの演出なども含めたシゲアキさんのソロ「ESCORT」の感想をお願いします』

これまたaskです。askって文字修正きかないので、誤字があったこともあり(さすがに大バッハの誤植は赦されない…)、また、次の記事につなげるためにも、こちらにも載せておこうと思ってます。

 

ご質問ありがとうございました!そして名古屋の初日から…おおよそ4ヶ月。もはや忘れ去られた質問といってもいいでしょうに…ですが答えたいと思います。申し訳ありません。でも、よろしくお願いします。
演出等を含めたESCORTの感想。ですね。むっずかし〜〜〜〜(苦笑)

とりあえず周知のとおりこの曲は「大使閣下の料理人」のときに着想を得たものである、ということが大前提としてありますが…

あのですね、ちょっと話しそれますが、わたし、しげあきの作るものがすきで。それが小説とは限らないのです。いちばんは小説ですけど、曲も写真もすきです。その人が見えるから。しかも真摯な姿勢が。
曲で言うなら、てごちゃんとの共作になる「ごみ箱」、これほどに美しい曲はないとおもってます、いまだに。
ともすればあの歌詞に感化されて尖った曲になりそうなのを、あのメロディとあの和音進行、あの調性で優しさとまろやかさにあふれた曲に作り上げたしげあきの音楽的な才能は、あの年齢にしては稀有だとしか言いようがありません。
最高音まできっと計算されて、その中でどう、「手越祐也」という「楽器」を活かせるか、その楽器が持つ悲哀と愛情を伝えられるか、それを感じ取ることができる曲であることに、わたしはいつも切なくなります。

ああなんて、やさしい曲だと。やさしい子だ、と。

アルバムWhiteが発売された頃のSongsで、「ソロはアカデミックにとスタッフさんからも言われた」と本人が語ってましたが、そこが彼のいちばんの良さのひとつだとも、おもってます。
作曲家とはそういうもので、常になにかアンテナを張りつつ、たくさんのものを吸収し、それを自分のものとして発信する。
シンガーソングライター、ではなく、コンポーザーとしての能力は、たぶんそのへんの作曲家さんとも並べれるんではないかと、贔屓目なしにおもってます。

ええと、わたしここ数年はクラシック以外はあまり追えてないので、彼がいろんな曲や、そこに付随したPVなどの演出から得たものは多いと思いますが、でも、よくわかんないんですけどねたとえ似てる部分があったとしても。それはわたしの勉強不足ではあります。
ただ、ただ。
それでもESCORTに限らず彼の作った曲すべては誰のものでもなく「加藤シゲアキ(もしくは当時の成亮)」のもので。
「〜と似てる」、とか言うのは、すこし、失礼かとおもうときもあるのです……これも、小説と同じなのではないかとおもうんです。

本人が外界から刺激を受け、学んだことがあるとしてもそれを結果いま、似てるなっていうのは、たとえば作曲家に「あなたバッハすきだからこんな曲作ったんですよね」っていうくらい失礼ではないかとおもうのです。
影響を受けた人がいない、というほうがおかしいのですが、それをずっと言われると、その人自身の感性の否定になるよ…とも、おもったりします。少なくとも、作曲をしたことがある経験があるわたしから見れば、ということですが。

バックグラウンドを理解してるよ、といいたかったら、わたしは、
「にてるね」、ではなく、「〜のようで、そこがあなたらしくてすきです」
と、言いたいです。
あくまで、わたしは、です。
ええとこれ、彼のオススメ曲を聴いてない言い訳だといわれたらそれまでですね…
ともかく、大筋外れまくりましたが、とにかく、いいたいのはそういうことです(だからどういう)。

ハ長調のくせに、7や9の和音を多用してるからハ長調ぽく聞こえなかったり(だまされた!やられた!感が半端ない)、ああいう曲調なのにどこかやさしい…うるさくない音作りをしているところとか、とても耳がいいんだろうなあと思いますし。
いま、ソロをつくるなら、こういう風にしたい。作ってて楽しい!
それが余すところなく伝わってくる曲であり演出であるからこそ、わたしはESCORTがすごくすきです。

誰のものでもなく、加藤シゲアキの曲であり、彼が自分のためにかいて、自分が表現するからこその曲。作ること、表現することの苦しさから面白さ、そして最後に待ってる「楽しさ」が伝わる曲。
だいすきです。