星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

水のにおいがする

この感覚を忘れたくないので書いておきます。
需要がないのはわかっている。ゆうやさんの話でもしげあきの話でもないです。ドームという場所というか、そういう話。

地蔵コンビと名付けてしまったわたしの友だちと再会したのは、福岡以来でした。広島2日目、アリーナ最終公演のときです。
それまでもお互いバラバラにでも行った会場のことはSNS系の電話とかで逐一報告し、あそこがどうだった、あれが良かった、今回はあれが笑えた、今回はこうだったから今度一緒に入るまでにこうなってればいいね、という、手越担×シゲ担の重い音楽への愛を垂れ流すだけの電話を何度もしてました。

広島に入ってびっくりしたのは、歌が変わったところ。
それも、一切Twitterとかでは文字にしていない、二人だけの欲望みたいなのがそこにあって、土曜公演終わったあと、わたしは興奮気味に友だちに連絡したものです。
「明日、覚悟しておいたほうがいい」
って。

今年はとくにいろいろあって、シゲ担だけでも名古屋和歌山は大きな場所だったなあと思っています。
クラウドで「僕は人生で声が出なくなるほど喉を壊したことはないです」って激怒していたけど(これめっちゃ好きだった。プライドがガンガン見えてこのクラウド大好きだった)、まさかこれが伏線になって回収しちゃうとは、本当に脱帽する。かっこいい人です。

そんな風に、どんどんどんどん、表現の幅を広げて、毎回楽しそうに音楽を纏うしげあきのことを、やっぱり世界一、宇宙一、来世になってもすきだなって思ってました。毎回毎回、どんどん、積もるように。
そして、広島ではBLACK FIREでまさかの絶叫という、自分ではありえない事件を経て。
ドームで、アグレッシブになったはずの地蔵が、三たび再開します。

土曜公演終わったあと、言おうかな、言わないでおこうかな、って逡巡したけど、結局どちらからともなく言い出したのは、
「ドームって、小山さんが言ってたように“フェスティバル”なんやな」
でした。
自衛のために言いますけど、土曜めっちゃ楽しかった。でも、広島の時ほど泣いてないんですよね。広島では自意識が働かないくらいにガンガン刺激されて、感情揺さぶられるまま、気づかないうちにぼろぼろに泣いていたのに、土曜は元気なものでした。理性が。

たしか小山さんが「木原さん来てる」って言ってたと思うんですが、これがきっとその根拠かなと思った。
土曜、少し“外向き”だったと思う。対外的というか。なんというのだろう、「これがNEVERLANDです」って、とてもパブリックに紹介するみたいな。
「NEWSっていろいろあって4人になったんだけど、それでもいまこんなにいいグループです。では聴いてください、『フルスイング』」みたいな、妙な公共性というか。

だた、それが間違ってるのではなく、“ドーム”にぴたりと合う気がしたんですよ。そうか、ドームとはこういう大きさで、この距離だとこのくらいの“圧”でちょうどいいのか、という。ドームの使いかたとでもいうのかな。ちょっとお行儀がいいんですが、それって多分、「お客さんを迎えるホスト」としては大正解なんだと思った。
ドームとアリーナで、曲順や追加曲だけではなく、伝えるものの圧力すら使いこなせる、それがNEWSなんだ、ってすごい思った。

その後二人で飲んでて、やっぱり好きなところやそういう考え方がぴたりと一致して、こういう出会いをくれたNEWSすげえなあ、って思ってました。
一抹のさびしさみたいなのは、あったとしても。


そして迎えたオーラス。
今年は当初から言ってたように、二人ともQUARTETTOの時のような飢餓感はほぼなく、しかも音の記憶もいい状態でオーラスを迎えていました。電話で話すのも、きっと記憶をとどめたいからだろうなとは思うのだけど、それでも今年はNEWSの音楽をまっすぐに真正面から受け止めて来た充足感みたいなのはあって。

でもやっぱり、最後はつらい。

始まる前、手を握って、それでも最後だからとわたしは双眼鏡を構えた。画面ではなく、少しでもそこにいる姿を記憶したいと。

出てきただけで涙が出た。センステがせりあがって、歓声が聴こえて、双眼鏡の奥にメンバーの姿が見えて、一人ずつの歌、一人ずつに涙が止まらなくなって、気づいたら隣の友だちの手を握ってました。
総じてドーム、双眼鏡ほとんど使ってなかった。ずっと泣いてた。ずっと上空に舞う音を追っていた。いい音楽のときしにしか見えないあれを。

U R not aloneに関しては他の方のブログをおすすめします。けど、なんというかな、終わってみたら、前日の「パブリック」な感じは一切なくて、NEWSとNEWSファン、お互いにお互いを求めてて、ただそれだけなんだなってしあわせでしかなかったです。

あの時、NEWSコールが起きたとき、わたしも友だちもそうだし、ドーム内がそうだったと思うのだけど、あの時求めていたのは、アンコールの歌でもなんでもなくて、ただ、ひたすら、「もう一度会いたい」だったんだと思うんです。
もう一回顔が見たい。歌ってほしいなんて言わないから、どうかもう一度出てきて。顔を見せてほしい、最後に、ここドームをあとにする前に、もう一回だけ見れたらしあわせなのに。

結果としてそれが叶ったのは、NEWSもおなじ気持ちだったのかなと思います。
出てきたけど、ただ歩いて、ありがとうございました! って肉声で言うだけで、そのままに歩いて帰っていった。
しげあきが「しーっ」ってした時に、潮が引くように静かになったのも忘れられません。あれほどに自然にそれができたというのは、みんながメンバーのことを本当に心の底から待っていたからです。
それからの合唱も。

他の人も書いてた、しげあきの「湿っぽい」に非常にうなずいたのは、まだ肌寒い日の残る4月に、
「NEWSの声からは水のにおいがするね」
と話していたからもあると思う。
人間の体温があって、涙のすこししょっぱい味のする、そういう、とても愛のある温度が、NEWSらしい。

最後の最後に、公共性とか、他人の目とか、そういうものをすべて彼方に忘れ去って、お互いが好きだ、大好きだと、それだけを交換して確かめあったあのドームを、あの、素晴らしいフィナーレを、わたしはきっとお墓にまで持っていくと思います。

 

 


わたしは、わたし以外になれないし、日々、どうしても“わたし”の輪郭がぼやけそうになったり、何が大事であるかを忘れそうになるけど、それを大事にしようと思える、そのフックのひとつが間違いなくNEWSだと思う。
誰がなんといおうと、NEWSはファンのこと大事にしてるし、NEWS自身も大事にしてくれてて、
そしてそんなファンのことを、一番に考えて、好きでいてくれるんだなあと思う。

究極の両想い。

外野は嫉妬でもなんでもしてればいい。NEWSとファンは確実に両想いだ。重いくらいで、全力でぼろぼろになるくらいの愛でちょうどいい、共依存でもいい、それでも胸張って愛してるって言いきれる両想いなんだよ。こんなしあわせなことはない。

 

 

NEVERLAND memo 2 広島公演

6月5日月曜、帰りの新幹線で書いてます。
広島二日目の1部終わりすぐ、福岡以来一緒に入る友だちに合流してからTLが一切進んでないし連絡も取れないくらいなのですが、理由は単純で明確なんです。
他の人の感想が見れない。自分のをメモしないと何も見れないんです。

なので仕事ほったらかしてメモしておこうと思います。
(そのためのノートのはずなんだが結果オーライ…書かないと原稿書けない…一本は上げたけど)

どうやって書き進めるかすげえ迷ってるんですが。

うーん。……。

……その友だちとわたしは、今回のは福岡が初めての参加で、わたしはその間、仙台(土曜)、静岡、名古屋(日曜)、和歌山(日曜)に、友だちは大阪(日曜2部)に入ってて、その都度電話にて報告しあうという重症っぷり。そしてそもそも二人とも、WhiteとQUARTETTOをこじらせまくって今年に入っているわけです。
そんな中で、気になってたのが、今回のセトリの “遊びのなさ”でした。
完璧なセトリなので、一片たりとも過不足があると成立しないセトリだと思ってて、誰がこんなセトリにしようと言い出したんだろうと思っていました。だって難しいじゃん。ちょっとだらけることも無理で、常に95点を出さないと成立しないセトリとか、いやー、難しいだろ…。

……たぶん、今回のセトリが完璧なつくりになっているのに気づいてるひとって多いと思うんですが、それを「実現できる」かどうかって別のはなしなんですよ。並びが完璧でも、実際にそう「演奏できる」かどうかは、本当に別。
もしそれが常に可能であるならば、世の中全員プロです。できないからアマだし、できないから練習する。

福岡で一番足りてないと思ったのが、BLACK FIREからバンビーナ。テンションが定まってないから聴き手もどうしていいかわからない、という状況だなあと思っていました。
ここがわずかに変化したのが、和歌山の日曜。例のボッシュート事件のあとのバンビーナが、アレ? ちょっと気怠い、でもそれがいい、そうか、バンビーナなのはここで気怠いからだ、絶頂のあとなんだ、と理解した。

そう、今回のツアーのキーワードって、たぶん “緩急” です。

そしてそれが、昨日の広島アリーナオーラスで成立したんです。完璧だった。流れがすべて完璧。音のいっこいっこ、フレーズの終わり方、そういうのはむしろ土曜のが良かったなあ、とか思うものがあったけども、トータル百点満点をたたき出したのは昨日の夜公演です。土曜公演のミステリアで「百点満点だ」って直感したんだけど、昨日はそのBLACK FIREとバンビーナがわたしの今までの何かをぶっ壊したという事実があるので、なんというか、K点超えなんですよ…

だってわたし生まれてはじめて断末魔みたいな絶叫したもん。BLACK FIREの終わりで。
「イェーイ!」でもなく、「ウォォォォ!」でもなく、「イヤァァァァ!」って濁点付きで。まじで体中から生き物の生存本能が鳴らした警鐘があれだったと思う。ガチでC&Rした(くびの関係でそこだけは冷静にヘドバンができないけどちょー乗ってた)。
それから次のバンビーナももうなんか、瀕死。いままで使ってた瀕死って重症レベルだった。昨日真実瀕死だった。

すべて、流れなんだよなあ。とくに増田ソロからのSilent Love→ミステリア→さくらガールからの炎エリアという、あの緊張感があるからこそ。
……さかのぼれば、NEVERLANDからあやめからニャン太から恋しらからフルスイングから、全部通じているもの。
その曲が、その曲の意味をもって、あるべきところに、あるべき姿でおさまるからこそ、完璧にセトリが “再現” できるんだと思う。

なぜそれが再現できるかというと、また細かくなるんだけども、ひとりひとりの歌い方。ずっと言ってたけど、曲想を練ることです。これは自担についてとくに言及してきたわけですが、まぎれもなく全員そう。

繰り返しのフレーズ、誰かと掛け合いをするところ、ユニゾンになるところ。そういうのがすべて、全員が全員、どう考えているかを曲を通してメンバーに伝え、曲を通して伝えられ、その時ベストをその時対処する、その積み重ね全部なんだよなあ…!

誰か一人がやるんじゃなくて、全員が全員を思ってるし、観客側を大事にしてるからできること。
これが一番わかりやすいのが、言うまでもなくU R not aloneなんだけども。

音がたまに、複数人で歌ってても、一本なんですよ。特にフルスイングやEMMA、恋しら、ORIHIME、ミステリア、さくらガール。
……土曜のさくらガールはびっくりしたなあ。三人になるのに最後の残響が四人以上なんですよ。でも三人の音なんだ。ぴったりと和音で、響く。あのさくら色に染まる世界。


……細かいところ書こうかなって思ってちょっといま躊躇してるんですが、理由は自分でその量にすでにうんざりしてるからです。頭の中の情報量がすごい。つまり、NEWSからもらった音楽の情報量がめっちゃあるんです。めっっっっっちゃある。今までの比じゃない。
でも、ちょっと頑張ってメモしてみよう。(例によって3公演グチャスタイル)

NEVERLAND。最後の「Sound with~」がしげちゃんの正面で、ああ、阿修羅がいる…! ってぶるぶる震えてました。ド正面からあれを見たことなくて、炎や水を背負って立ってるのを見て、なんというか、なんだろうな。
あと、自然とそこを唱和してしまうのは、そういうエネルギーがメンバー側にあるからだろうなと。舞台の力に観客が引きずり込まれる。あれは真実魔力だった。
日曜2部はずっと顔が魔王モード(表情消えるほど集中するやつ)で、KAGUYAで花道歩くときに小山さんにほっぺたむぎゅーされるの見て、あ、やっぱ小山さんよく見てるなあ、と思ったものです。
あやめ割愛。
Brightest。これは毎度しげちゃんの歌いだしがうまくなっていくのに震えてたんですが、広島ではゆうやフェイクがすごく自由で。でもそれって三人がしっかり彼とぶつかっていけるからなんですよね。音楽で主張しあえるという。
あと、夜公演で「Last Dance」って言ったのが印象的だった。
シリウス。少なくとも夜公演で全員がセンステで振りをしてて、シリウスおばけとしてはもう報われたな、って思います。しげあきの声も去年を超えて、ずっと超えて、ずっと超えてる。ありがとう。ますだくんのイントロロングトーンが毎回救いのようで、流星のようだった。ありがとう。
Snow Danceは、Twitterで書いたように、前奏のあのタイミングで振り返るのが、本当にかっこいい。友だち手越担なのに「見て!頼むから!」って見てもらったけどやっぱかっこいいって言ってた。すげえ男のひととしてかっこいいよ。エンタテイメントだし、恋だもの。そしてその声もフレーズも、本当にすき。

今年のしげあきの声は、わたしが二年前の広島で夢見た声です。

名古屋でも少し触れたことですが、マットで、柔らかく響き、高音は増幅させる、そういう、二重にもいくつにもなる、やさしくてあたたかい声です。
実を言うと、来年くらいになるんじゃないかなあ、と思っていたので、福岡3公演目の恋しらが完璧だったときに、早いよ、って思った。今年だと思ってなかった。でもうれしい。待ってたんだよ、ずっと!
さらに言うなら、U R~で伴奏者のように歌っているのが真実わたしの完璧な音楽だった。
伴奏って、自分が影のときと前面(ソロパートとか、サビで出さなきゃいけないときなど)に出るときの切り替えを最適に行うのが仕事です。それができてる。あんなかっこいい人をわたしは他に知りません。申し訳ないけどSUGURUさんより完全に伴奏者だった(TSUKEMEN)。
「俺このツアーで二回も喉壊したくないよ」って言ってたけど(MCの生声合戦)、ああ、名古屋ってどれほど貴重な体験だったんだろうな、って思いました改めて。オネエの声しか出ないのに99%音を外さず、一切誰にも代わってもらわず、カラオケでもない。あれは、本当に、マジで、ありえないレベルで難しくて、この記憶、来世にまで持っていきたいくらいです。
きっとああいう、生きていくすべてが、音楽をどうやるか、っていうのにつながっているんだなって、前回までは、「だろうな」っていうあくまで憶測だった(とはいえ、実感しているからこその憶測ではありますが)のに対し、今年のは、「である」って言いきれる、そういうメンバー全員の声だったと思います。

だからこそ、あのセトリでやれる、百点満点なんだと。


…何を言ってもあとは、わたしの理想の声、フレージングだったなあ、になっちゃうんですけども。あとなんだっけ…(自分メモだからそれにりに必死ではある)
ますだくんがなあ…友だちとも話してたけど、わたしが好きになったますだくんでした。増田貴久の自我が見えるソロ。すごい好きだった。泣いた。マジで。
Brightestのフードアキもかっこよかったなあ。D.T.Fがマジエロくてこれも友だちに見て!っていったら「体の中心に芯が踊り方やね」ってわたしの感覚まんまのことを言ってくれて、あ、この子と入ってよかったなって何度も思いました。

BLACK FIREについては手越担の友だちのさまざまな感想を自分で拾いに行きたいところですが、まじで記憶違いじゃなかった、昼公演のあれ、記憶違いじゃなかった…ゆうやさんがあれができるのはしげあきはもちろんのこと、全員がかっこよかったからなんだ。け、ど、とりあえず、「せ」、燃やせのせ、これ、何度でもころしてくれ。ありがとう。

全ステしようと思ったわけでもないし、行こうと思ったのは何となく勘ではあるけど。ほんとその勘に従ってよかったなって、思います。


音楽とは何でできているのか。
心とか、掛け合いとか、喧嘩するとか、考えるとか、求めるとか、その生きてくすべてを、どう結び付けていくのか。

そういう、わたしが一番大切にしているものを肯定してくれるのは、NEWSがまぎれもなく、アイドルでありながら一人ひとりの個々人であるからだと思う。それは、最後のゆうやさんのあいさつでもある。

何度もわたしは自分の感覚を恨んできたし、でもそれがあるから、ここまで彼らからの愛を、立ち直れないくらいに実感できるんだな、って、自分を肯定してあげたい気分だし、
あたしは、そういうNEWSを、これから何十年でも、生まれ変わっても、愛してるって言いきれるなって思う。

メンバーが言うように、NEVERLANDは奇跡の場所だと思う。わたしはこれ以上の愛をまだ知らないし、前のエントリでも書いたように、友だちがイェーイって話してくれるのも、全部肯定なんだなって思います。

みんなありがとう。連絡できなくてごめんなさい。NEWSありがとう。あと東京ドーム、「お祭り」って言ってるあれ、楽しみにしてる。アリーナもホールもドームもやりたいって言ってくれてありがとう。ずっと信じていけると思うよ。

わたしは欲深なので、もっといい音が欲しいです。しげあき期待してるよ。しなくてもやってくれるって信じたうえで期待してます。あともうちょっと笑います。すみません。

まだ書き足りないことはあると思うけど、とりあえずここまで。あたしはしあわせです。おかあさん、わたし音楽やっててよかったよ。あのとき音楽教室に放り込んでくれてありがとう。
いったんここまで。やっとこれでネットの世界に戻れます。雑になってるところとか、おいおい書き直します。ただいま、現実。

 

 

 

memo

わたし、現場が好きです。
現場で友だちが、もちをどこー、って言ってくれたり、あ、いたー!って予告もなしにすれ違うといった、ふとした瞬間が好きです。

そんな中、今回のツアーでは、名古屋と和歌山はもともと行かない予定でした。和歌山27日はぶっちゃけ落選してますけど、でもキャパが狭いし、和歌山遠いなあ、という気持ちもあったので、当落に負けたな、という気分で受け入れてもいました。

そもそも行くなら大阪! とは思っていたんですが、仕事の事情などもあり友だちにチケットを託すことに。(その節はみんなありがとうございました!)
変化があったのは、大阪公演明けた朝。
駅に着くころ、駅舎を見上げて思ったんですよ。

「名古屋、行ったほうがいい気がする」


いちおう13日のホテルは解約していない。だとしたら3公演中どれでもいい。名古屋なら何度か泊まってるから勝手もわかる。
なにより、行けとわたしの勘が言う。

わたしは根拠のない勘をそこそこ大事にします。こと音楽に関しては本能みたいなもんだからです。

アテはなかったです。一週間切ってた。でも、木曜の夜に日曜夜公演、前日土曜の夜に日曜昼公演、それぞれ声をかけていただきました。本当にお二人には感謝しています。

名古屋日曜はみなさんご存じのとおりです。
終わったとき、譲って下さった方が「よかったですね、シゲ担なら今日入れてよかった」って言ってた顔がなんでか忘れられない。
わたし泣いてはないんですが、あのときのツイートはまさに、「何に感謝したらいいかわからない」でした。その思いを抱いたまんま会場の外に出て、友だちに会ったり、夜のチケットもらったりしながら、すごくいい天気の中で、この自分に何ができるだろう、この感謝をツイートする以外にいま、この場で、伝えるには何ができるだろう、と考えて、ああそうか、今日この昼公演のあとに緑のグッズが売れることだ、と閃いてからそのまま売り場に直行し、ポスターとクリアファイルを購入しました。
ちょっと残念なのが給料日前で自戒のために三千円ほどしか余分が無かったことです。大人としてありえないんだけどww なんかもうほとんど小学生が母の日にカーネーションを買うみたいな気持ちで買ってました(ていうか今考えたらその日は母の日では…)。
そのあと友だちと合流したら「ポスター買ってる」って笑われる(昼始まる前にたまたま会ったときに、「ポスターは移動でボコボコになるから広島あたりで買うか~」みたいな話をしてたからもある)。買う予定がないからこそ鞄もポスターが入るサイズではないから常に手に緑の棒を持ってるわけですよ。これで夜入るわけですよ。いや笑うよね。

でもいいんです。どうやってもこの感謝を実績にしたかった。売上げにつなげたかった。その時の最善の策がこれだったのは間違いないって言ってやる。

 

しげあきバケモンだなって思いました。

褒めてます。だって昼夜通して5時間。5時間だよ! 2.5時間×2公演。1フレーズも誰かに渡すことも、自分からあきらめることもなく公演をまっとうした、その精神力と体力と運の強さに、やっぱり今でも何に感謝していいかわからないままです。いや、たぶん音楽の神様でいいんだろうけど。

わたしは4歳くらいからYAMAHA音楽教室さんでピアノに触れてきました。ただの習い事ですが、初日の記憶は今でもあるし、あの教室で学んだことはいまでもわたしの中で生きてます。
その中で自分が舞台に立つこともそこそこありました。大人になってからもそれやってます。次の予定は未定ですけど(わたしがこのツアー中でふらふらしてるからですけども~~……)。

翌日、声楽やってる友だちにも名古屋の報告しました。第一声が「恐怖やな」だったと思います。
起きたら声が出ない。でも2公演ある。恐怖だろうなと思う。わたしは声楽科ではないので、近い経験と言えば本番近くに腱鞘炎悪化させたこととか、試験日近くで指にケガしたこととかですかね。あれマジ自分のろうレベルです。なんで予防できなかったんだろう、なんでいまなんだろう、なんでわたしなんだろう、でも悔やんだって絶対的に時間は前にしか進まないんですよ。

昼公演の最後の曲で泣いたところを見たとき、「だよなあ、」ってそれだけを思いました。同情とか憐憫とか、そういうのではなく、ただもう、わかる、しか言えないけど、それ以上にもう答えはもらってるから、それだけでしあわせだから、わたし財布からお金を出すしかなかったんですよね。

誰が否定しようが、わたしはこの公演を肯定する。

肯定したかったんですよ、自分のためにも。
Twitterにも書きましたけど、MCであんなにはっきりと小山さんが「今日声が出ない」と言わなかったら、もしかしたら観客側は気づかなかったんではないかと思ってます(わたしは1曲目あたりで気づいたんですけど、これ自慢じゃないからな、言うけど、感受性とか耳の良さってたまに魔物だからな、ってだけ言わせてくれ)。
けーちゃんがああ言ったのは、もしかしたらこっちに釘さしてたのかな、とも思います。そのあとのゆうやさんとかもそう。いつ誰が代わりに歌っても、観客が驚かないように。あれは、観客に対する牽制だったのではないかなあ。

あと本人が「喉以外は元気」って言ってたけどそれもなかなか信用ならないな、とも思います。笑
っていうのも、そもそも喉をやるときって全体的にどこか無理してる時で、どこか体に不調がある(もしくは全体的な体力の低下=疲れ)場合が多いからです。なんなら静岡あたりからずっと喉元押さえてたので、やっぱりなという気もしなくもなかった。

ただそれでも、ちょっと “はみ出る” 響きがないくらいで、本当にふつうの声だったんですよ。なんならわたしとても好きだった。マットで、しかもメンバーと調和の取れる音だったので、こういう声を自分で “選択” できるようになると最強なのではないかな、とさえ思った。

いつもならやらない、首に負担のかかるような姿勢も、ずっと呼吸を整えることも、ぜんぶ自分が責任を持って歌うためなんだな、と。一挙手一投足が奇跡のようだと。
それに呼応するように、それまでで最も観客側のボルテージも上がっていて、なんだろう、なんか名古屋日曜すごかったよ。

どうやって音を出すのか、どうやって通常にさえ届かない自分の状態から音を紡ぐのか、何を選択して、何を捨てれば、この公演のベストになるのか。
そういった、それこそ、生きるか死ぬかの戦いを見た気がしました。生きていくなかで、こんな日が来るなんて思わなかったよ。誰かがほんとに、命削って歌う公演に入るなんて。

そうやって、翌日あたりから、和歌山探そうと思いました。行く気なかったんだけどこれまたホテルだけは押さえてる系おたく。どうとでもなれと思って探しました。
広島は行くにしろ、その前のワンクッション、どういう公演になるのか見ておきたかったんですよね。それで日曜お声がけいただきました。ありがとうございます。そうやって生まれて初めて、和歌山に行きました。
……行く前日あたりに、名古屋のアレを悪しざまに言うツイートを見てしまったというポカを抱えて。

昼公演で歌いだし入れなかったことと、夜公演でのボッシュート(マイク置き去りにしたこと。世界ふしぎ発見)は、これまた名古屋と同じで、「なんでそうなるかな、でもわからなくもない、わたしだっていつも置いてる手のポジションが吹っ飛ぶのはよくあった」とかそういう感じで、なんなら公演中げらげら笑ってたんですよね。そしたら今日知ったんだけどゆうやさんとかもめっちゃ笑ってたらしいやん。そら笑うわ。

でも帰りの電車とかで、どこかずっとムズムズしてて、なんでイライラするんだろうなあ、とずっと考えていて、月曜の夕方ふとわかったんですよね。
そうかあ、これって、あの名古屋を悪しざまに言う人たちに、付け入る隙を与えたことになったんだな、と。
そういう思考回路になったのは、たぶん、そういうツイートを見たからもあるだろうし、そもそも音楽とか舞台とか、そういう悪意にさらされるようなものだと自覚しているからです。

大学のとき担当講師から言われたんです、「誰かが間違ったら、自分の代わりに間違ってくれてよかったと思うくらいではないと、ステージに負ける」って。
今でもその時の鍵盤を覚えてるし、それを承服できない自分もいる。そういう気概でいろってことなんだろうけど、でもわたしはそれを承服したくなかった。

マイク持ってないのを理解したとき、瞬間的に呼吸が止まったのも事実だし、ああ、また止まる、と腹の底からぞっとしたのも事実。回避できたのはメンバーがよく見てたからとしか言えない。

でも、なんならBLACK FIREとバンビーナは、わたしが知ってる限りの中で一番鳥肌立った気がします。いい音だった。もしかしたら、ボッシュートがいい塩梅で緊張感を緩めたのかもしれない、とも思えるくらいです。

何より、U R not aloneの二人ずつの掛け合いが素晴らしかった。完全に音楽だった。自分の伝えたいこと、相手が言いたいこと、それを汲んでまた返すこと。可能性に賭けること。そういう音楽のすべてがあそこにはあったし、それをわたしたちにも共有してくれた。「四人」と繰り返し言ったことは忘れないよ。

さらに忘れられないのが、MCでのみんなの顔なんです。
とても自然に、全員が笑えて、下らなくて、気心知れてて、そういう信頼が全部見える、みんなの顔が和歌山での個人的ないちばんの収穫だった気がしています。
ミスしても、「こういう意図があったのに」と主張しても、それでも笑って、じゃあどうしようか、って言える。そういうのほんっと、いいなあって、思い出すたんびに思う。

そういう、積み重ねてきた時間とか、音を否定しないために、わたしたちっているんじゃないのかなあ。わかんないけど、わたしたちだって好きだってことを否定したくないしね。

曲も縁だとは思うけども、曲があるからそうなるのか、曲に寄っていってしまうのかもわからないけど。(最後の曲のことです)

必ずどこかで悪意に触れることはあるけど、それに負けたくないなあ、と思う。絶対的な肯定はあり得ないにしても、その悪意を丸ごとひっくるめて、それでも肯定したいなとも思う。

いい音楽だった。名古屋も和歌山も、誰かをしあわせにする、いい音楽だった!
誰が否定しようが、わたしはこの公演を肯定する。

そういう気分です。なんか長々メモしてたら疲れてしまった(毎度のことだけど体力なくて失速するよねワシ)。
でもなんていうか、悪意はつきものだけど、それをいなしてしまえる強さがいまのNEWSにはあるんじゃないかな、って思うんですよ。直感じゃないよ、これは。実感。
現場で得た、実感なんです。

 

 

NEWS LIVE TOUR 2017 NEVERLAND 福岡公演メモ 後半

後半。ちょっと取っ散らかってしまいましたがご愛嬌で…直せるんだけど直すと勢い消えちゃうので。

ますだくんのソロから。2日目の2部で歌い直すってハプニングあり。

Silent Love。これめっちゃ好み…!ダンスがえろい。いい感じにえろい。「言えなくて 言えなくて」の口元と腰と肩とおとがいと首筋がもうなんか、曲想を表現する成亮の動きが好きです。この曲こんなに好きになるなんてーーー!歌割りの妙もあると思うけどすごいそれぞれの良さが出てて、ああ、NEWSの歌だ!ってなる。ダンスはもしかして(あやめ除いて)一番好きかも知らないです。Jr.とのフォーメーションも良い…!
そしてわたし見てしまった…ついに秋山大河を見てしまったのです…成亮の隣だったので双眼鏡カットインしてきた彼ですが噂どおり魔性。魔性だった…

終わってメンステに戻る早足がいつものごとくちょう紳士な成亮カッコヨス…

ミステリア。イントロのテゴマスのハモが会場に響き渡るたまらん。教会か。聖堂なのかここは。
歌割りのせいか立ち位置が下手から小山→手越→加藤→増田になってたと思うんだけど、いやなんかテゴシゲがな…サビ前の高音とか響きが一緒。あの2人を並べることの意味ってここにもあんのかな…ってぞくぞくした。ダンスも良かった。おしげちゃんの体の軸の使い方スキー(まじ語彙力どこ) でもまだ振付の意味が掴めてないので近いうちに把握したいと思ってます。

さくらガール、またセンステに戻りながら。踊ってくれたのめっちゃ嬉しかった…!
ゆうやさんがはけたあとの3人になってからの上ハモはしげあきだったようです。すげーいい音だだだだ(友だちが言うので間違いない)

I'm coming。いやもう何も言わなくていいんだけど言うとまじで イイ。とくに2日目になるとめっちゃ声イイ。出てる。舌舐めずりするしフフフッって言うし視線が挑発的な女子だしえっオトコ?オンナ?どっち…って混乱させてくるのにめっちゃ抱いてる。愛欲って芸術だった。

これベッドのまま次のBLACK FIREにいくんだけど、とくに2日目2部のイントロ "tonight" が艶めいててヤッバイ。CDで完璧なのにその周りにオンナ抱いたあとの色気というか、なんつーの、汗ってか、いやちがう蜜というかそういうなんか濃くて鈍く光る色のなんかを纏ってる声だからちょうえろいのにちょう艶やか…
これ引き継ぐ成亮大変だなって思ったけどメンステ見たらなんか鬼のようにかっこいい人がいた上になんなら4人の中でいちばん声うっせえ。←これ全力で褒めてる。ちょう声出てる………

バンビーナ。これ土曜日はまだ掴めてないのかなって感じでしたが、2日目2部は成亮NEVERLANDから集中モードだったのもあって(書きそびれてた)、ジャンプした瞬間に「あ、跳んだ」と思ったら、声出てきた…!

わかりやすいと思うんですが体動いてくると声も出てくるよね(I'm comingの後に書くとなんとなく卑猥にしか見えない)。もっと腰使ってもっと声出るようになってもっと脚上がっていくんだろうなあ

※整理すると、BLACK FIREで3回ともキックしたのはちゃんと見てます。例によって大サビ前。ギャンゴィィィィィ(震えながら)

※跳んだのは、2日め2部の「バンビーナ 裸のままで」のサビの前4拍め跳んだ。アウフタクトになる部分。
前後しますがBLACK FIREは3回ともイントロの成亮みてるからゆうやさんの賢者タイム見逃してるのが心残り。映像化されたらそこ入んないだろうし現場で見ないと…!でも自担みたいジレンマ。
個人的に毎年、この曲が課題、みたいなのを抱えるんですが(たとえば去年なら誘い月)、2日目2部の跳んだ成亮を見て、あ、今年はこの曲(バンビーナ)だと理解しました。どう変わっていくんだろう…!

チャンカパーナとチュムチュムでスタトロ。チュムチュムの「ナーチャーク〜」で思わず「めっちゃ歌うまくなっとる!」と叫ぶわたし落ち着いて。いやまじで全体的に底上げすげええええええ

これはのちに初日入った友だちと話してたことですが、すごく安直だけどやはり少プレのちからは大きいのではないかと。
ステージ踏んで、そのためにディスカッションをし、インプットを前以てしておき、…というのを定期的に繰り返すんだとしたらそらメンバーや外の人たちとのレスポンスの齟齬というのが断然減るわけで。それがイコール理解力、そしてうちらオーディエンス側へ渡される音楽。
わたし去年のQUARTETTOは、何がしたいか、を本当に理解するまでにすげえ時間かけてるんですが(静岡あたりでわんだの縄張り争いに気づいたくらい)、今年は1公演めで言いたいことがわかる、ってことはあっちの理解力が深いんだなって。
(わかりづらいかな…音楽もなんでもそうですが、提供する側がそもそも理解してないと受け取り側が理解することは難しい、そういうやつです。ごく普通のこと)
だから今年のNEWSはまじで場数がちがう…って思った。去年までとスタート地点が150mくらいちがう(何メートル走なのかは終わらないとわならないところですが、それが未知数なのがいいと思ってます)。

weeeek。疲れてるのにういーく。2日目の1部ではジャンプ指導が入ったから頑張った。でもほんとおばちゃんにはツライよ〜〜〜w
ポコポンペコーリャ。メンバーの寝顔と一体感と、もう言ってしまうけど秋山大河を堪能できます。(∵) オイ俺は!
しげちゃんは時計やってる時の動きがとっても綺麗なのでほんと体の軸の使い方スキーーーーーーーが発動するやつ。

流れ星。正面が星空になるんだが圧倒的な近さにびっくりした。これも声がよくて「あどけない」だけでしぬ(何度目)ゆうやさんの「もう行こう」もやわらかい。しぬ(何度目)。成亮の高音が良い。し(略
あとアリーナあたりには星が降ってきました。紙吹雪的な。

しげあきたびたび空見たりしてたんですがどの曲だったとか覚えてないけどほんといい顔する……むねがぐるじいやつ

U R not alone。これはさ…まず増田くんにびっくりするんだけど全員すごい。ほんとに生きるエネルギーを惜しみなくこっちにぶつけてくるからこっちも返さずにはいられない。へったくそな声で悪いけどまじで全力で歌うしない。それくらいに生命力という名の愛の交換。ゆうやさんがお客さん待ってる時に成亮が歌うんだがそれがまじですげえ…ラスサビあたりなんでそんな声出るの…?!ってなるくらいに声出てて、ああこれがこの人のエネルギーなんだなって。歌いながら泣きながら歌ってた。生きるってこういうことだ。ラスサビまじで声高いのにな…なんであんな声出るのって愚問なんだよね成亮、愚問だね。

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前半のほうがちょっと曲数多いのとわたしの抱える何かを刺す曲が多いので前半の疲れがすごいんですが、もうなんか、U R not aloneすごいよ…練習しないと勿体無い。あれを一緒に歌える幸せがそこにある。そうやってそれこそ、出し切って終わるからこのコンサートはこの形で正解なんだと思う。次も次も、も思う傍ら、去年ほどの飢餓感と焦燥感がないのはそれこそ歌唱力だよ。パンフでしげあきが言ってたのを昨日読んで、ああ、そうだよね…ってまた胸苦しくなってしまった。好きです(総括)。

てなかんじで、いろいろ抜けてる気がしますが福岡公演楽しかった!もっとうまくなるんだろうと信じられるそんな声がたくさん聴けた公演でした。フレージングの揃いがとてもいいのは、メンバーがいい関係なんだなって、音楽に表れるほど深いところまでいい関係なんだなって証だと思ってます。わたしたちにできるのはそれに応えることだなあ。

入り口はあっても出口はありません。
みんなは最高のパートナーです。
NEWSがついてる。

真実だなあと。おもう。ありがとう。また別の会場でもたくさん愛をください!

 

ちなみにリアルタイムなネタバレはこっち。でも大概しげあきがどーのこーのしか言ってないけどあやめに関してはこっちのがいまんところ詳しいかなw

@mc_inNEVERLAND

https://twitter.com/mc_inneverland/

 

で、小声でオチにうちのおかーさんですけど、ずっと立ってペンラ振ってたからめっちゃ調子いいやーん!ってなってたら「ずっと耳栓してたからあんま聴こえんやったわ」って…本末転倒か!!一番苦手なのが黄色い声援なのはわかるけど(耳ビリビリくるから片耳にはツラいらしい)、まさか全部使うとは思ってなかったやん!でも確かにセトリわからんから付け外しは難しいし、そもそも倒れられるよりはいい(どうしてもその恐怖はある)。でも曲もっと聴いて!なんなら耳栓マスターになろう?!

とはいえ、「聴こえた音キライじゃない(=うちのママンのさだまさしを除く上級褒め言葉)」「演出おもしろい」をもらいました!ぜひ来年リベンジしてもらおうと思います!

NEWS LIVE TOUR 2017 NEVERLAND 福岡公演メモ(前半)

2017年4月8〜9日、NEWS LIVE TOUR 2017 NEVERLAND福岡公演行ってきました。

個人的備忘録です。とはいえ、曲名や演出に関してはネタバレになります。

(リアルタイムに重い愛を吐き出すのはこちら→ https://twitter.com/mc_inneverland/ )

アルバムに関してはいろいろ思うところもありつつ、あやめ楽しみだなあとか、札幌組のネタバレを拾いながらシリウスを心待ちにしたりしていました。
去年、一昨年と初場所(って言うな)は行ってたんですが今回は行かなかったのでとても不思議な感じのまま、どこか心に鍵したまま、4/7、昼過ぎに「明日はNEVERLANDか…!」と思って仕事中なのに泣いたり、帰りの電車で泣いたりしてました。おかげで化粧ポーチを机の引き出しに入れてくるという…前代未聞の失態までおかしつつ……

4/8、天気は雨。おかーさんと入るので車で向かいます。うち遠いんですけど、いくら若作りに定評のあるオバハンでも移動はつらかろうということで高速で。
後天的に左耳が聞こえない母なので、耳栓ももたせました(とくにアリーナD1だったので右からの圧だけになり、いろいろ体調に変調をきたされたら困る、ということです)。
と、こんなめんどい人を連れているため一緒に行く人も選ばなければならず、仲良くしてもらってる友だちを関西から召喚。駐車場で合流し、入ります。

母と別れて入ってすぐお一人挨拶して、中に入ると、さっぽこの感想で「金かかってる」とTLに並んだセットが見え、二人でこれか!これか!とはしゃぐうちら。土曜日はまだメンステのNEVERLANDの文字がふわふわしてました。
(ここから先土曜メインで書きますが、めんどっちいので日曜の曲の感想も挟みつつ進みますのでご了承ください)

端折ると(もうめんどくさくなってきた)、母に去年のペンライトを持たせ、友だちと二人で深呼吸やらハンカチの有無やらを確認し、祈るような気持ちでその時を待つ。まじかーーーそろそろ始まるのかーーー!と言いながらまじで緊張する。だって去年オーラスから丸10ヶ月ですよ。し に そ う。

自担の担当が「Ray=光」ってことでそこでまた(すごいどうでもいい個人的な理由で)しにかける。えっそこ?そこなの?レイなの?まじか。次にゆうやさんが「Fire」。ですよねソロの感じからしても。

そして二人して始まった瞬間変な汗が出まくる。汽車を目にし最早なにがなんだかわからぬ。4人がせり上がってきたときにはもう泣いてる2人(見なくてもお互いのテンションが伝わる俺ら)。なんだこれ全身が燃えるようで、あ、わたし生きてる…!ってなった。自担の顔を見て、ああ、ここにいる、って思った。
低音が響く、姿勢の揺るがない歌い方にまたブワってなったところでゆうやさんの声がして隣の手越担の友だちが瀕死になるが、わたしも言わずと知れたほぼほぼ手越担なので同様にしにかける。なにこの声。末っ子たちすごい…変な汗が出まくってる俺ら。ゆうやさんの高音ユニゾンがまた胸をえぐる高揚感。

成亮=フラッグ、ゆうやさん=灯火、ますだくん=剣(しかも二刀)、小山さん=ステッキ?だったと思うのだがあの完全なるファンタジー感すごい。ミスターインポッシブルが「NEWSがエスコートする」つってんのにエスコートどころか戦える…どこのナイト(騎士)だよ…!って思った。マント、マントォォ…!(語彙力)

2日目2部は妙に自分の感覚というか耳が冴えてたんだけど、メンバーが出てきて自担の顔見たらなるほどど思った。なるほど、彼らの空気がわたしの耳の澱を払ったんだと終わった後に気づきました。あれほんとそうだと思う。メンバーの集中で周りの空気がすでに始まる前から変わるの。

NEVERLANDをCDで聴いた時、飜るフラッグのイメージが見えたんだがまさかしげあきが持って出てくるなんて思わなかったんだよ〜〜〜圧倒的にかっこよかった。がっごいい。あとの話になりますがあやめでもフラッグ使うしなんなの、成亮なにを背負ってんの…ってほんとに思った。(あとでわかるやつですが)
1と2コーラス目の間にしゃがんだ(立て膝ついた?)ときはそのまま手を伸ばされるんじゃないかと思った。救済の具現化だった…騎士ってのは守護であり闘神だよな…っていう…

"SOUND with〜" のときの手を広げて4拍めに首をかしげるフリがあまりにも好きすぎて途中息止まってた。(EMMAのこれも好き。首筋あうあう…)

次にアン・ドゥ・トロワ。ダンスかわいいしこれもしかして時計ぽい動きしてたかな?(うろ覚え) 1.2.3の指からのキスはとてもコケティッシュでかわいいです。
とはいえ「一夜の夢を見る」でノックアウトされたのでC&Rできないもちを氏。どこを取っても成亮の声がイイ…!そしてゆうやさんの声がすげえ…!
「渡るようなステップで」の後ろ歩きちょうかわいい。と思ったらサビ前の成亮の高音が予想以上にうつくしくて天を仰ぐ(友だちが察して腕をポンポンしてくれるほどに)。えっもう…これだけで来た甲斐あったんじゃ…


EMMA。えろい。いい。エロイ。腰エロい。みんな声がいい。とくに4人のユニゾンがいい。めっちゃ揃って来てるのでとてもいい…なんか音がちがう。4人の声が共鳴してちがういい音がする…あとえろい。お客さんみんなにんしんしちゃう。(∵) コラ
ますだくんはとくに日曜1部の「引き下がり方知らない男」やべえ…オス…!ってなるからみんな射殺されないようにね…
しげあきは「ギター」のときもオンナ…ちがうジャケットちゃんと抱いててホオオってなりました。フオオ抱いてる。たまらん。日曜あたりに顔を寄せたりちょっと顔の向き変えたりするのとてもコウフンした。(しげあきの肩のライン腰のライン首筋おとがい目線指先を双眼鏡でとっくり見るのがわたしです)

 

KAGUYAで上ぐるぐるしてるときちゃんと鎖骨アピールする自担かっこよかったーエロスエロスー!
あとハモもナマでしたね!CDのときにこの高さだろうな、と思ってたところがちゃんと聴こえてハアハアした。
恋祭り。タオル買ってなくてゴメンゴw

DTFキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
ギャンワイイ。まじギャンワイイ。ゆうやさんへの顎クイまじイイ…あとダンスでの身体の使い方がまじ好みすぎてやばかった。えっ…えろい……

4+FAN。周りからやったー!待ってた!みたいな雰囲気出る。友だちとそろそろ2人して汗だくになってくる。暗転した間「なんか汗がやばい」と繰り返すうちら。

あやめ。
あやめに関してはそれこそ音源を初めて聴いた時からピングレだなと思ってましたが、次に思ったのが指を伸ばすとき、そしてリフターに上がったとき。ああ、これ知ってる。
なんというかついったにも書いたので後でそれはそれでまとめようと思いますが(すごいここに関しての言いたいことありすぎる)、とにかくうつくしいし、語弊があるかもしれないけど、この子神様なんだなと思った。神様というか、神の子というか。そういう神聖な人しか持ち得ない空気があって、蓮の花みたいだし((∵)あやめだっつの)動きがもう…ああこの人生きてるんだなあって思ってじっとみながら泣いてた。生きようとする意志が強い。生きたい、より良く生きたい、どうやったらいいんだろう、そういう葛藤とか全部見えるんだなあと思ったらいつの間にか双眼鏡外してました。ナマなのもよかった。言葉も生きてる。そのときの、一回性の音(動きも全て音)。「んなもんいらねえ飛んでやらあ」がほんと、ああ、もう…このあたりでジャンプするのもとても好きで。動きひとつひとつが生きてるんだなあ…生きたいエネルギーが強すぎて周りの粒子が輝き出すんだ。
どっかの後ろ姿見て、ひとつ個人的に悩んでたというか、足踏みしてたことがあったんですが、それが「あ、迷ってるなんてナンセンスだ、行こう」ってほんとに思ったんですよ…去年もだけど福岡のしげあきソロの後ろ姿はわたしの檻をぶっ壊す。生きないと損だっていうから、いつもわたしは目が醒める気がします…どこまでもその身体ひとつで闘うし、その身体自体が作品で、その身体で未来を切り拓く、そういうところが、きっと世界に愛されてる。それが成亮なんだなあ…

なんつーかとりあえず泣いてたし、暗転したときに「アン・ドゥ・トロワとこれでわたしもう元が取れた…」と友だちに言う始末。しあわせ…

Brightestはこの後のせいか影の演出完全に騙された…っていうかまじで放心してるw ただ2日目とかからはちゃんとゆうやフェイクに腰抜かしかけた。艶っぽい…!!

センステでシリウスが始まって友だちと2人手を取り合って悲鳴をもらす。2人していまだにシリウスが好きすぎて、イントロの♪(∵)人(・ш・`)♪が去年以上にほんとよかった…!トロッコ曲なのに全力で歌うしげあきにもしかしてリアルに誰かに恋してんのかなあって思ってしまう始末。曲想だとしたらそれでもいい。「Oh…」までが全力なので全力で歌うわたし。ああもうこれを流さずにちゃんと歌ってくれるどころかこんなに音と曲想大事に歌ってくれるなんて(絶句)。

Snow Dance。リフター遠くて顔見えないけどわたしの大好きなBメロが!「もう何もいらない〜絶やさずにいたい」CDなんのそので、まろやかで優しくて去年にはない安定感で柔らかいことにまた瀕死。お前何回しぬの。目の前のリフターがゆうやさんなのでそっちも天使だった。「君を愛せたなら」ハァーーーまじかそんなに柔らかいか!柔らかいだけじゃなくフレーズの終わりの処理がまじ去年の比ではない……しぬ(何度でも)

touch。かわいい。歌上手い(お察し)。

ニャン太。こやまさんの歌が安定してて、ああまじてこの人あれやな、ほんと…ニャン太のことすきだったんだなあ、って、まさか御涙頂戴曲でまんまと泣くわたしと友だち(なんなら3回とも泣いたわたし)。いい生だったんだろうなあニャン太……まじでそう思った。

この気持ちを引きずっての恋しら。恋しら……
初日もゆうやさんの出だしが美しすぎて(のちに思ったが、艶。色気ではない、艶だ。年輪と努力と心で掴んだ艶があって)音が全部上向き。続くしげあきも上向き。心がこもってるから振りの抱きしめるやつにも違和感なくてつられてやってたわたしほんとだいじょぶか。

……恋しらに関しては、3回めつまり2日め2部、個人的には大事件で。
うまくなった分、それでもずっと語尾の処理とか音がレガートになってない部分とか、ちょっとしたところが気になって仕方なかったんですが。なんつーか「お前ならできる!そんだけプレーンに歌えるなら変な処理入れずに真っ向勝負できるから!」みたいなすげーうぜえ修造になるやつなんですけど。
福岡2日目2部の1Bがなんの過不足もなくわたしの理想で、よく倒れなかったわたしえらい。震えながら泣きながらそれでも遠い真正面の人を見て、早いよ、と思った。もうか。もうなのか。このツアーの終盤で聴けたらいいなって思ってたけどもうなんだ。見くびってたのかも知らんごめん、本当にごめんと思うくらい、それから帰れって言われても文句ないほどにしあわせだった。

フルスイング。これ最早2日目2部しかあまり記憶がなく。
恋しらの音のまま歌うからもうーーーもうーーーーー(言葉が見つからない)。他の人のパートを口ずさんだり、待ってる間上を見て穏やかに、防振じゃないから見間違いかもしれないけど、穏やかに少し口角を上げて微笑むように見えた、それがもう胸いっぱいで。ああ、音楽と、生と向き合ってる顔だなって、こんなの見れるんだなあって思いました…顔覆って泣いてしまうあんなうつくしいやつ…

ABO。初日このへんでもう体力尽きかけてしんどる。そろそろMC行かないと本気で倒れそう。でもNYARO始まる。かわいい。踏ん張る2人(友だちと)。リフターに移動しだす。まじか。体力ピコンピコンしてる。

ORIHIME。多分この曲だと思うのですが、ゆうやさんの声がちがう人の声みたいだった。もちろんいい意味で。いつもの響きがどこか柔らかく、ピンと張る弦がそっと震えて、もっと光彩を増すように。
それに気を取られてたらうっかりしげあきの上ハモちょっと聞きそびれました。翌日からめっちゃ聴いたけどw

で、やっとMC。まじピコンピコンが消えかけだったので即座る2人。
MCに関しては別席に入ってたお友だちがMCレコーダーなので(まじで記憶だけで書き起こせる)そちらを参照されたい。前半だけで(3回分ごちゃ混ぜとはいえ)5000字超えてるので一旦切ります。まじでここまででほんと…なんというか…全てが浄化された感じでお笑い(MC)の世界へGO!

 

 

今年のQTARTETTOツアーをざっと振り返る

6/19付の下書きが出てきました。

おかーさんとQTARTETTOのBDを見て少し吹っ切れた部分もあるし、備忘録として2016年のエントリにしたいと思います。(時間が経ってる分ちょいと修正して)

たくさんのひとに助けてもらったツアーです。ありがとうございました。本当に心の底から感謝してます。

 

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まずサッポロ2日目。前日がらじらー最終回、かなり弾丸で寝不足抱えた月曜日とわかっていても行きたかったのです。雪があったこともとても印象的でした。
他に覚えてるのは最後の衣装でまだしげてごがジャケットを脱いでたことと自担がぼんやりしてたことです(それもどうか)。ハイライトはいくちゃんと相撲を取ったこととまさか札幌駅で荷物を受け取れたことかな(相撲にかんしては抱き合ってただけなのになあ…)。

 
明けて4月のオーサカ。金曜日は仕事なので土曜日、おともだちと互いじたんが外周行くと方向をそれぞれ見るので向かい合わせになるアリーナあるあるをしながら見てました。ていうかおともだちとの集合場所細かくわからないのにお互いオーラで見つけ出すのコワイていうかすごい。
天気も良くて写真撮る空がうつくしかった。
オーサカの夜は、しげあきの声が変わったー!って思うところがたくさんあって、なんかとてもしあわせでした。
帰りは高速バスでしたがほんと疲れてたんだろね、最初のパーキングで飲み物調達し、次気づけばもう終点近くでした。

 
しずおか2日目。
Wonderでお互いに噛みつきあいだした
と思ったのは静岡が初めてでした、おそらく。あのとき初めて、「音楽がここまできた」とTwitterに転がした気がします。Wonderが四人の縄張り争い…という感想はここから始まったのかもしれないです。わたしの中で。
帰りの幹線に乗り込むときにたまたま先に乗っていたシューカツ生?ぽい男子二人くらいがホームに並ぶお客さんたちを見てドン引きしてたのがおもしろかったです。トラウマにならないといいな。笑
 
 
次は地元福岡!!
なにより、「くぅまもとに届けェエエエエエ!!!」っていうゆうやさんのチュムチュム前の言葉はやはり一生忘れません。
29日はゆうやソロで泣きすぎておともだちに心底心配されたり「シゲちゃんはほんとに菩薩だよね」って言ってもらえたり。
30日。おそらくここがわたしのある意味ピークでした。確か今年は全18公演あり、30日の福岡は9公演目にあたるとおもうのですが、…おそらく、おそらくね、音楽の中では良くあるんだけど、「一度目のピーク」というのがここにあったのだと思う…
 
始まる前からマリンメッセが爆発するんじゃないかと思うくらいの熱気と、出てきたメンバーの姿、それから
Take
この、"tak"だけで泣いたのは初めてでした。となりでともだちが泣いてるのもわかって。しげあきソロがあんな風に見えたのも初めて、そしてまさかWonderであんなにもしげてごがぶつかり合うなんて…と、気づけばともだちとお互いに支え合いながら泣きながら聴いてるという……それほどに凄まじい「上昇」する音楽を見たのがこの4/30でした……何かの奇跡かとおもう。
 
……いざないづきの存在意義みたいなのが(個人的に)つかめなくて、たまになぜこの曲がここにあるのか、と考えてたんですね。でもあのとき初めて、すこしわかった気がしました。それはまさにしげあきの声からで、その前にゆうやさんのソロがありそれを継いだますだくんの声があったからこそですが、そのとき初めて、「そこに在る意味」が見えた気がしたんです…
まだまだ変わっていける。そう、一歩踏み出したのがここだったように思えます。生きるための一歩。

 

5月になりました。名古屋です。
名古屋日曜昼公演。ゆうやさんソロがとんでもなく素敵でした。
あの笑顔と、あの声。そしてしげあきの朗読がとてもすてきでした。
いざないづきもまたなにか変わりだして、聴いてみたい「一音」がどんどん近づくようでした。この頃からもう天に昇る階段のように思えてきてたんですね。

……先の福岡とかのぶんに書き忘れてましたが、星めざのしげあきの振りがほんとうに祈る人のようで美しく、指先まで音を表現する、その尊さと稀有なことに何度も祈りを感じてました。ありがとう。あの曲を歌ってくれてありがとう。


次の仙台はなんというか、安定してた、に近い気がします。たぶんここでじゃなかったかな、QUARTETTEO前にしげあきが息を吸うのを印象深く正面から見たのは(つまり上手のスタンドにいました)。
どこか、とてもフラットになっていったのが不思議でした。しんしんと積もるような。


月末、広島。
アリーナ最後ってことで、もうその気概で臨んでました。たぶんそれが全てである気がします。


東京ドームでは。
実を言うとほしめざのアレンジを聴いたときから期待はしていました。していたし、それでも震えたのがイルミナートでした。ああなんてことだろう、NEWSはどこまでも音楽の何かを救うんだなとほんとに、ほんとに嬉しかったです。終わったあと、ともだちと飲み屋で軽く泣いてました。うちらほんとにNEWSに救われてばかりです。


オーラスは去年から誘ってたともだちを初めて連れて行けて、しかも「一曲一曲がミュージカルみたいだった」という最高の褒め言葉をもらってほんとにしあわせでした。
わかってたのにまたオケでは泣いてしまってた。2日ともほぼ同じ位置の天井席で、それでも音が聴こえることに感謝してました。
1日目のシリウスのイントロは引き合うしげてごがいて、2日目はもう、ただひとえにひとつの音でした。最後にふさわしい音でした。
1日目のしげあきの朗読がすきすぎて、ああこのひと声で黙らせるんだなっておもったし、ゆうやソロはほんとうにもう物語だった…二人とも世界観があってあたりまえのことに、でもそこには確かに「もてなし」がある。しげあきの場合とゆうやさんの場合そこにはすこしの違いがありそれこそが互いの個性なのだけど、それでもそこには表現者としてのプライドと優しさと厳しさがあって。

外周でライフ歌ったとき、すでにCD音源とは違うしげあきの声。Wonderのとき競り合うことよりも支えることに重きを置いたような声。シリウスの曲中盤からは全力でしかないあのカオと、シズクの音だけを追うカオと。心底、心底この人すきでよかったと思いました。一音を追うカオを、タオルの落ち先をまったく見ない潔さを。板の上のひととしてのかっこよさに完敗です。
そして映像化したいま、ほしめざのあのカオが見れて、本当に良かった。


昨年のWhiteに続いて、救われたツアーだった、ということかなと思います。
わたしがわたしである以上逃れられないことを突きつけ、それでいて救うのがNEWSです。


ツアーを通しての合言葉は、「何があっても生きよう」、これだった気がします。
生きようね、生きよう。わたしたちはわたしたちの道を生きよう。彼らの音楽に支えられながら、それをいつか支えにできるように。


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半年の時間を経て、なんというか、そっくりそのまま自分の中にあの "QTARTETTO" という音楽を、仕舞えるような気がします。

 

 

 

アンテナはいつもフルスロットル - QUARTETTOのDVD(BD)もしくは『できることならスティードで』の感想、あるいは2016年の反省 -

わたし以前「このひとは人を変えるひとだなあ」と思ったことがありましたが、なんだか久しぶりにそう思いました。たぶん自分らしく生きてるだけで他人の何かを変えちゃうしげあき。そんなしげあきがだいすきです。


火曜日。休めないのでもう何から見るかを決めてたわたしは(ディスクがあそこで分割されてなかったらゆうやソロから4曲だったけど仕方ナス)IZANAZUKIで音の良さにぶっとびながらWonderを見て本気で気が狂うかと思いました。本気で。本気で!
過呼吸気味で泣きながら「わたしこうやって生きてた」って何度も思いました。こうやってころされたかった。これを待ってたんだ。あたしこうやって生きてたんだったと殴られたように。何度も、そこから何度もしんでなんども救われるような感覚は久しぶりでした。シリウスでさらに号泣したのは言うまでもない。延々飢餓を埋めるようにループしまくるのは予想してたけど、予想以上に自分の飢餓状態が末期すぎて「わたしほんとにこのくらいのパンチないと物足りないんだな」と泣きながら現実に失望した。


***

4月の福岡公演のあと、「あのひとたち、というかしげあきはほんっとみてると悔しいくらいにいいんだよね…」と言ったらさすがのうちの母も「それはわからん」と言ったのですが*1、うちの母は相当頭がよく感受性豊かな方なのこれはおそらく『アウトプットを日常的にする人生だったかどうか』という違いなのではないかと思いました。


父を小4のときに亡くした母はおそらく習いごとを自由にできなかったのだと思います。でももって生まれた感受性だけは豊かなのでどうにも生きづらかったらしく、そんな彼女がとった対処法が「アンテナを閉じる」。
昨年疲れから入院したときにちょうど発売して間もなかった『傘をもたない蟻たちは』を読ませたんですが、感想といえば根津爺のところはがっつり食い気味にしゃべり、あとは「他は全部通ってきたからわかる…」というもので、やだもうこの人にはかなわねえ…とぞっとしたものです。さらっと知ってるといえるその年の功よ。

そんな彼女に倣ってわたしもアンテナ閉じてみようと思った、それが間違いだったなあといまなら思う。


6月、オーラスも終わり、例年ロスに悩まされ体調崩すのであまり考えないよう、考えないようにし、仕事しよう仕事しようと思っていたら……
がっつり体調崩しました。いまだに仕事中苦しんでで心配されるし体重戻らないし(体調崩すと増えるタイプ)土日は泥のように眠る。おかげでさだまさしも90%くらいしか楽しめなかったと思う…もったいないことをしました……おじさんの感性だいすきなのにちょっと閉じてたんだよな…開け方がわからなくなっていたのかもしれない。

そう、ツアー中の合言葉は「アンテナ解放」だったんですね。普段は使わなくすむ感性のアンテナをフルに使おう。いつも持て余してるものを使ってわたしを元気にしてやろう。そういうつもりで挑んでました。それこそ愛の交換はいっつも真向勝負。

わたしと母の最大の違いは「アウトプットをせざるを得なかった」「アウトプットをする機会にそうそう巡り合わなかった」ここだと思います。だからこそ母は閉じれるのだろうし、わたしは閉じたらこんな感じに体調を崩す。
火曜日、母に「わたしこうやって生きてた…!」って泣きながらいったら「どんなでもいいからあんたの好きなように生きなさい」と言われたので(感受性持て余して泣いたのが何度かある)もう気が狂った人だろうがわたしはわたしのままでいこうと思いました。

というのも、ドキュメンタリーのことばも、『できることならスティードで』も、どちらもしげあきが自由だからです。あのひとの思考回路はとても自由。制約というものを軽々と超えてしまう……そこにおそらく「アイドル」としての葛藤はあったとしてももはや過去形なのではないかと。その証左のひとつが、『スティード』内にあった「女装対決」であって、それをなんら臆することなく書いてしまうのはそこが彼だけが持てる強みでもあるからだろうなと。

“「できるもんなら、やりはったら?」”

それはわたしが毎度彼に言われていることでもある気がします。福岡公演の『星の王子さま』で悔し泣きをしたのはまさにこれでした。できるもんなら、やってみろ。追い付かない背中に何度恋すればいいのかわからない。

「明日からライブを追いかける」

ああ、わたしこの人のファンでよかったなと泣いたのは言うまでもない。わたしが思い描く“表現者”は、おそらくピアニストが原点なのだと思うんですが、それに匹敵する自由さと距離感を持てるのはこの人だけなんだなとうれしくて、そして悔しくてならない。

 

終わってみて思ったんだけど、追いかけてるなと思ったんですよ、ライブを。もちろんできることは100%やったんだけど、「いやまだいける」、と。「いや、まだ満足できない」。なんか、いままでのライブで俺、一回も満足しないんだなって思う。それはお客さんを楽しませたいっていう*2のもあるし、自分としては納得できるところまで…やれることは100%やってるんだけど「まだいける!」って、なんか、俺、ライブを追っかけてるんだなって今日、思ったんですよね。あのアンコールでとか、『ヒカリノシズク』ではけるとき、もちろん、最ッ高に気持ち込めて、最高の、自分ができるすべてで集中してやってるんだけど、……なんなんだろうなこう、手の届かないもんなんだなーと思って。だからこそまたこう手を伸ばしてしまうっていう……今回それをすごく痛感しました。

来年を追いかけるんじゃなくてさ、明日から追いかけちゃうんだよきっと。俺すごい反省しいだから。自分ではできることやったと思うんだけど、これDVDになったりしてさ、まあなってるわけじゃんこれ見てるってことは。また見るわけじゃん。すごい自分にさ、これうまくできたなって思うこともあれば失望することもあってさ。「くっそー!」と。やっぱ明日からね、ライブを追っかけてると思うんだよね。

 


勢いで起こしてみたけど、ここにはわたしのツアー中のきもちとか、演奏者やってるときのきもちとか、「芸能」(アイドルとか歌手とか作家とかすべてをひっくるめて、広義でありそもそもの「芸」「能」を指して)に求めるすべてが詰まってる気がしました。
「手を伸ばす」はコンサート中にわたしがやってることだし(無意識なんだがよくやる)、「明日から」「追っかける」これこそがアウトプットインプットのサイクルなんですよね。だからこそ自分に返ってくるわけです。

だからこそ、しげあきってひとを変えてしまう危うさも強さもあるんだなーと思うわけです。


***

ファンとアーティストの間にはぜったいの壁があるんですよ。
それは例えば時間でもある。100年以上前のロマン派の作曲家とは生きてる時代が違う。好きなピアニストは日本に住んでいない。これは物理的距離という例え。なにがしかの距離がある。

そこで大事なのはきっと、何かを与えてもらったときに、受け手が何を思って行動するか、だと思うんです。

だってさー、例えばだけど、もう鬼籍のショパンからなんの物理的なファンサをもらえばいいのさww もはやもらえるのは楽譜を通した思想だったり時代の面影だったりするわけで、でもそれをわたしたちは一生懸命追ってるわけでしょう。それが「交流」なわけです。魂の交差というか。
同時代、同じ場所にいたという証拠としてファンサがあるのはありがたいなと思う一方で、それ以上に何かがあるとしたら、その「影響」とか「交流」だと思うし、だからこそわたしはいちいちしげあきの文章に関して「最大のファンサ」だと言ってきてるのではないかなと思い返してました。もしかしたらまんま『閃光スクランブル』のあとがきに書いてるのかもしれないけど。

絶対的な壁の前でわたしはどうやって生きるのだろうね。


閑話休題


***

DVD本編は書くこと多すぎるので『スティード』に絞ると、ちょうど大阪公演あたりでわたし自身が『旅』についてのエッセイぽいの書かなければならず、そのときの手法のひとつにしたのがこういった『広義の旅』だったので、これはもうとてもとてもうれしく思ってます。足を運ぶことだけにとらわれず、広く自由に思考し表現する。これがエッセイの醍醐味なのではないかと思っているので本当にうれしい。それと同時に(『チュベローズ』でおそらく文字数制限等の理由で満たされなかった)言語回路の飢餓が一気に満たされた。ああ、表現ってこういうものだよね、と。自由であること、とらわれずないこと。

飢餓状態…つまりハングリー精神に満たされたとき、って、ひとが輝くときなんじゃないかな。

加えて化粧についても触れてあるのがうれしかった。荻原規子ファンではなくともこの化粧の呪術的な部分に関してはうなずけるだろうし、この『スイッチの使い分け』こそがしげあきの魅力のひとつであると思っている……そんなわたしは板の上で演奏するときはだいたいアイメイク濃いめにしてます。「いつもと違う心境になれるものよ」と、いま『RDG』の2巻が近くにないのでうろ覚えですが、化粧の呪術的な生死について触れている、これこそが彼がまさに「芸能」のひとなのだという……それこそコンサート中の“第二形態”がまさにそうであるように自分で自分へ「まじないをかける」。だからこそしげあきの“スイッチ”は魅力的なのだと、痛感した次第でした……。


また、小山さんに関して。

“「NEWSがついてるから」「明日からもがんばれよ」「受け止めてやるよ!」”。

ドキュメンタリーで、「4人の攻撃」といったこれもまさにそうでしたが、それ以上にこれらの言葉…「感情のナビをする」、これをもっと大事にしようと思いました。

わたしはわたしをおろそかにしすぎた。そのツケがこの体調不良なんだと痛感してます。
自分に厳しくある前に、自分を大事にできない人は表現もできない。と、そんなこと誰かも言ってた気がしますが、まさにそういうことじゃないのかなと思うんです。


わたしは周知のようにしげあきの体のラインがとても好きですが、今回とくに縄跳びのシーンで「フィギュアスケート選手かよ…!」ってうなったくらいにきれいだったのですけどもねもうあれって女のひとだったらふつうに「いい身体してるね」っていうセクハラを受けそうなやつだと思うんですが(褒めてる)、それもおそらく色気なのだと思う。

色気、という、『色』というのは、生気なんですよね。「文脈が色づく」とか、「ヴィヴィッドな演奏」とか。そういうのって全部、「生きる力」なんだと思う。

そういえばうちのおかーさんも生きる力の強い人だった(あれを回避してるのはなにかの軌跡か本人の気持ちでしかない)。それっておそらく彼女が自由だから身につけられた力ではないかと思います。うちのおかーさんすごい。


“「明日からライブを追っかける」”
生きたい力が強いひとだな、と思います。生きる力が強い人だなと思います。
だからこそすきだし、だからこそわたしもそうやって走っていこうと思う。

おかーさんじゃなくて、ほかの同僚でもなくて。
忘れかけてた「もちをらしい」生き方をもっかいやってみよう、と、そう思えたQUARTETTOの円盤だったし、『できることならスティードで』の第1回目だったのだと思います。

タイトルは、「でありたい」という思いを込めて。 

 

 

*1:もちを母:ガチのさだまさしファン。先日の有楽町コンサートでは初の遠征だったため娘に「半券返して」と言い、普段なら並ばないスタンプ列に並び、グッズは「使わないから持ってても仕方ない」と買わなかったガチさだまさしファン。ソロになる前からのガチファン。おかげで娘のライブデビューがさだまさしの野外公演。当時2歳。天候は雨。

*2:ここで「欲望」って言いかけた?