星降る夜に願うこと -もちのブログ-

NEWSごとメモ。クラシック音楽寄りな見方してしまうヨ。

ask解答:EPCOTIA現場の「madoromi」について

madoromiのサビの音程が音源、少プレ披露からアリーナツアーまでの間の調整で 「♭シー♭ラーソー♯ファソー♯ファソー♯ファ」(完全な♯ファでは無いかもしれないですが)から 明らかな「♭シー♭ラーソーファソーファソーファ」に変わってしまったことについてもちさんはどうお考えですか? 現場に入る度に、私は音源の音程の方がどうしても好みで、madoromiが大好きなのに「音程戻して欲しいなぁ」とばかり考えてしまい、十分に曲を楽しめていない気がしてならなかったです。

 

askから質問をいただきました。
これを見たときに思ったのは「とくに気にしてなかった!質問者さんすげえな!ちょっと気にして見てみよう(ΦωΦ)」でした。

まあいつもいろんなところを気にしてるわたしなので他人さまのことはとやかく言えないんですが。

なので、質問に対する答えを端的に言うと「気になりません」です。

あれか、質問者さまはわりと絶対音感があるのか、……いや違うな、あれだわ、「CDの通りが好き」ですか?
だとしたらますだくんの2サビ前*1も気にならないですか?
わたしさっき円盤見て「そこ気にならないのか気になる」とあなた様に想いを馳せてしまいました。

余談はさておき。

現場でしみじみと考えていたのは「あの曲をオーディエンスがいる中で再現するのは難しいんだなあ」ということでした。
わたしはあの曲をいまだに「永訣の朝」と呼んでいますが、あのぴんと張り詰めた朝の、つめたくてすこし痛い、そして朝霧のにおいがする空気がとても好きです。

ただそれを現場、つまり「生きてる人の熱気が渦巻く場所」で再現するのはとても難しいのだなと考えていました。

とりわけNEWSなものだから、生(せい)のエネルギーが強いんですよね。そこに彼岸、つまり死の世界に触れる曲を存在させること自体がおもしろい試みだなと思っています。

でもこのあとがチャンカパーナからのマシンガン乱れ打ちゾーンだと考えるとここで一度死んでて正解なのかなとも考えます。

質問者さまのおっしゃるように、音源は半音、現場はほぼ全音の関係ですね。
ただ、あれかな、吹奏楽とかやってるとわかるかもしれないんですが(この手の質問は経験者が多い、という根拠により)、半音ってたまに音が「混ざる」じゃないですか。
しかもmadoromiはスローな曲です。しかもホールです。どう音が跳ね返るかは現場次第です。

人がたくさんいる中で鳴る音のうち、もっとも聞き取りやすい音程、

が、円盤にもあり、現場で聞こえた、「ほぼ全音のもの」なのかもしれない。

……
と、ふと考えました。
というのも、現場ではぼんやりとその難しさに加えて「音が広いな」と思ってたからです。

広い、というのは感覚的なことです。幅が広いとかなんか、こう、広い。イヤホンを耳に入れて聞く空間と人が何万人かいて反響する空間とは奥行きがまったく違う、そういう「広い」です。制御はとても難しかろうと思います。ピアノだってペダリングなどで自宅レッスン室ホールその他調整してましたから、わかる気はします。 

 

「十分に曲を楽しめていない気がしてならなかったです。」

 
そうかあ。
じゃあ、なんで楽しめていないか考えました?
わたしの仮説はあっているかを検証することはできません。絶対に憶測の域を出ません。それは状況が検証を許してくれないからです。
だけど、考えることはできます。
もし考えてたなら、その仮説も一緒に送ってもらえたらよかったかもしれません。そしたら併せて考えることもできます。

何が好きで何が嫌いで、楽しい楽しくないも音楽の「自由」の中に含まれますので、楽しめていないという考えもアリだと思います。

ただ、根拠が薄いので共感はしづらいです。

どの曲もそうだけど、音程より大切なものがあるはずで、そこに耳を澄ますのが楽しみ方の本質じゃないかとは思います。音程ありきのところもあるし、半音の音程にしかない良さって絶対あるのもわかってて、なお思うのは曲の解釈の深さです。

解釈がなければ、表現も存在し得ない。

最後のサビの手越祐也カタルシスと音の伸ばし方はCDと違うけれどとてもうつくしいです。わたしはそれを大切にしています。

結論を再度書いておきますね。

「音程が変わったことに関して今回はとくに気にならなかった。理由としてはそれ以上に考えるものを提供してもらったからではないか、と内省します」

*1:「かなしみなんて ほしにまぎれて」のこと

ask掘り起こし「アスパラガスにわくわくする作文おねがいしまつ」

アスパラガスにわくわくする作文おねがいしまつ


十萌は絵に描いたように眉をしかめて腕を組んだ。なんだこれ。
「なんでアスパラ…」
先日結婚した友人から届いた荷物には、なぜかアスパラガスが入っていた。個人的にお礼としたかったのだろうラッピングされた小物などの上にひと束、ちょこんとかわいらしく(そう、わざわざピンクのリボンで結ばれて)載ったそれはどう見ても生のアスパラガスだった。
仕事のことを考えたのかちゃんと休日に届く指定になっていたのだが、……いや、そういう問題でもなく、もし受け取れなかったら…
「くさっとったやないかい…」
思わず想像してげんなりしてしまった。
十萌の友人はたまにどうかしてる。それらの言動はおおよそ好意的な感触のものばかりだったが、さすがにこれは……と疑問をぶつけようと携帯を取り出した。が、ふと思い直す。もう一度まじまじと春野菜を見た。うん、食べごろ…なんだろうな。と、ついそんなことを思ってしまう艶のある黄緑色を見ていると、ふと何かがよぎった。十萌は握っていた携帯を握り直した。「ブーケトス逃した? 知らないよー」と、あの日あの子はわたしに向かって笑っていたのではなかったか。
携帯のブラウザを開き、検索にふたつ、単語を入力した。はい、検索。……おそらく十萌の勘は当たっている。結果が何にせよ、この行動は“当たり”だと確信して彼女は画面遷移を待った。すぐにいくつかの検索結果が表示され、彼女はそのうち読みやすそうなひとつを選んだ。

無敵。勝利の確信。耐える恋。そして、普遍。

これらの言葉が並んだ画面を見て、やはり、と思った瞬間、十萌は思わず笑ってしまっていた。いや、バカだよね、バカだよなー、ブーケの代わりとか、やっぱりバカだ。どうせスーパーで買い物をしているときにでも思いついたのだろう。ほんともう、アスパラガスの花言葉だなんてわたしじゃないと気づかないよ、と、思うほどに笑いが止まらなくなってしまった。笑いすぎて目尻に涙がにじんだ。
ひとしきり笑って、十萌はやはり携帯の受話器マークを押した。番号を選んで耳に当てて呼び出し音が鳴ること数回、耳馴染みのあるーーありすぎる友人の声が能天気に聴こえた。携帯を持たない手を伸ばしながら、十萌は言った。
「ねえ奥さん、アスパラガスのおいしい食べ方、教えて?」
触れたアスパラガスは、水気を含んでしっとりと、今度こそ彼女の手に収まって春の匂いを届けていた。

 

***********

おそらくちょうど2年ほど前にいただいていたお題です。さっきふと思い出して読み返したくなったので掘り起こしてきました。
ちなみに最初のセリフはリアルに自分のつぶやきでした(笑)。
ケータイでほんの15分くらいで書いたわりには悪くはないと思うので、やはり継続は力なりということでしょうね。という自戒の意味で掲載しまつ。

“ or このままSecret? ”

歩いていく。少し寒い。いつもの場所に向かう。

通ってきたところを振り返り、見下ろすと、“誰でもないあの子”がたくさんの人に囲まれている。たくさんの灯りを、向けられている。

 

「わたしの灯りは、これひとつだけ」。

彼女と同じような色で、同じようなものだけど、わたしはそれを直視はしない。わたしはそれが無くとも、強い。

 

でも、彼女は、わたしよりも灯りの数が多いのだわ。

 

あの子は、じゃあ、“誰”。

 

下を見てみる。あれは誰だろう。よく知っていると思っていたのに、知らない人なのだろうか。わたしはここにいる、あの子はあそこにいる。わたしが下に向かえばあの子は遠くに行ってしまう。

 

ねえ、あなたは、誰。

 

手が触れる。同じように動く。でも目は合わない。当然ね、わたしからは見えないもの。

(でも、じゃあ、あなたからは見えているの?)

 

パンプスを渡される。まるでシンデレラみたいに。

 

――これはそもそも、“あなた”のものでしょう?

 

わたしの?

 

――そう。今“返還”したその靴は、あなたのものよ。ここから先はもうそろそろ、“あなた”の本当の話をしてもいいんじゃない?

 

わたしのもの? ……ああ、でもそうか、“コレ”はわたしのものなんだ。

じゃあ、わたしは、“あなた”でもあるの? わたしは、“誰”だったの?

 

だったら、ねえ。

“Don’t believe in me”、わたしを信じないで。

“Don’t believe in me”、この取り繕ったわたしを。

 

でも、

 

Don’t believe in me ――“わたしを信じて”

 

――「氷温」

 

取り繕った わたし を溶かすのは、わたし の 声。

 

******

 

……と、いう話があったの。

ね、わたしいま、灯りをひとつだけ持っているでしょう。そういう話を、わたし、知っているのよ。

 

―――――――――――――――――――――

 

個人的に考える重要なフックは

 

  • 最初にいる高さが違う(また、最後も)
  • 音源では女声だった最後の「氷温」を、現場では歌い手本人が発音したこと
  • 目隠し状態であること

 

あたりになるかと。

 

お久しぶりのエントリです。

思い返せば、EPCOTIAはすごく久しぶりに参加回数の少ないツアーとなってしまいました。要因にはデジチケ等々ありますが、個人的に回数に関しては、後悔していません。

 

とても楽しかったのがやはり『氷温』でした。現場でも何回も「クセになるううう」と悶絶していました。最高にゾクゾクするよね…。

なんならクラウドを通して公式から“喧嘩売られた”状態*1というのがとてもおもしろいですね!

 

ただ、友人とは楽しく話していたのですが、「意味わかんない」という声も見かけていたし、話した内容を小出しにしても何の反応もないので、まあいっか~~友だちと話しておけば、というモードでした。

 

が。

 

拾う方がいたんですねえ……奇特なことに。『氷温』に対する考え、聞いてみたいって。

 

「売られた喧嘩は買う」「言っていいのは、言われる覚悟があるやつだけ」「歩く週刊少年ジャンプ*2」なわたしであり。また、その「同じ土俵に立ってくれた」ことに敬意を表して、逃げずに回答しようと思います。

 

せっかく公式が「解釈自由」って言ったのに、戦わないなんてもったいない。
※時間を置いたのは、さんざん友人に愚痴ったストーカーの件と、単にツアー中はやめておこうと考えたからです。

 

また、注意点として、ここしばらくシゲ部は聴いていません。いろいろ見落としているかもしれませんが、「何も知らないもちを」の、初見時からそうそう変わっていない思考トリップです。

 

 

1.最初にいる高さが違う

 

これは初見時から大きく注目していた点です。

シゲアキをA、目隠しさんをBと呼ぶとして、その最初のポジションは、Aが坂の上、Bが通常の高さ。そう、そもそも階層が違うとはこれいかに!

単純に考えると、Aが高位にいる、ということです。精神的なものか。この場合はおそらく精神的なものでよいかと考えますが。

となると、AがBのことをどう見ていたかがわかるのではないかと考えます。

 

そしてまた、重要なのはそこだけではない。

おそらく(中央で踊ることによって観客の目線を引き付けておいて)、最後、「氷温」と言うときにAとBの場所が入れ替わった。このことも大きな意味があるのでは。

 

主導権の移動、もしくはそもそも主導権が(Aではなく)Bにあったのでは? とも思わせる演出。

 

ちょっと古いですが、宇多田ヒカルちゃんの「Can You Keep A Secret?」のPVがこんな感じに作られていました。すごく好きです。昔からこういうの好きだった。

※公式があるようなので、気になる方はこちらへ。

youtu.be

 

というわけで、もう一歩踏み込んでみましょうか。

 

 

2.「氷温」の声の持ち主 

 

そもそも、歌い手、作り手が「加藤シゲアキ」であると、もともとわたしたちは知っています。

でももしかしたら、これこそがミスリードなのでは、とも思ったのです。これ、今回考えるにあたって、最も自分でもぶっ飛んでると思うのですが、これがあるからこそ“物語性がある”と思える部分。

 

歌詞の一人称は「僕」ですが、あの曲、明確に「男性のもの」でしょうか?

 

 

3.ネスト(千夜一夜物語) 

 

物語を構築する上で定石なのがこの“ネスト”だと考えます。簡単な例としては、シェヘラザード……「千夜一夜物語」です。

あれは「物語の中の物語」。アラジンなどの物語はすべて、王様をなぐさめるためのシェヘラザードの創作に他ならない。

そして、わたしたちはそのまた、外側にいます。

 

もし、この方式を適用するのなら。

 

【内側】
「そういう二人がいた」(歌詞)

その話を知っている人がいる(現場での演出・演者)

それを作った人がいる(作り手・歌い手)
【外側】

 

というような階層構造もありではないかと思うのです。

 

氷温は男性の歌です。一人称がそうだから、作った人が男性だから。

でも、「氷温」は女声です。

 

ならば、こう考えてもバチは当たらないのではないか。

 

“女の人が作った「男性目線の曲」を、たまたま、「男性である加藤シゲアキの声で歌った」だけで、もしかしたらあの「氷温」の声のまま、さらに外側には女の人がいて、その人の曲なのではないか”

 

そしてそれが、Bなのではないか。

※これが、最初に書いていた部分の口調が女性のものだった所以です。

 

……そしてそれを作っているのが、加藤シゲアキなだけなのではないか。

(と、これを言ったとき、友だちが一瞬ホラーを見たような眼をしたのをわたしは忘れませんが。笑)

 

「チュベローズ」がダントツわかりやすい例だと思うのですが、しげあきの一人称の使い方って実に巧みなのですよね。

光太、光也、どちらが言ったと明示しなくとも、一人称では齟齬が起きないのですよ。これ、怖いと思いませんか。ものすごくコントロールされている。

 

言葉の量ではない部分で*3、読み手の思考をコントロールする。最高にカッコイイ。ゾクゾクする。

 

 

4.主導権のありか 

 

わたしが「ESCORT」のPVを好きな理由に、ひとつの「エスコート」という単語を多面的にとらえ、多角的にアプローチしているという点があります。

現場では、ホテルマンが、

PVでは、自分を自分で、

――エスコートする、と、これは明確に作者が発言していたなあ、と、今でも思い出すたびにわくわくします。

 

ならば、たとえば、「チャンカパーナ」のPVがそうであるように、切り口って無限大なのではないか。

 

たまたま、ほんとうにたまたま。

今回の演出がAとBを使ったものであっただけで。

「氷温」という歌の世界を表現する方法って無限のはず。

 

前述したようにチャンカパーナのときのように、「テレビの中に映るもの」(と、それを見ているひとがいるかどうか)、という手法もあったのではないか。

 

ひとつの「氷温」という話を、どの場所(パラレル)、どの時間軸(過去現在未来)、どの立場(性別、年齢など)で作るか。

組み合わせ次第でその方法は星の数ほどに無限だと思うし、もしかしたらここあたりが着地点なのではないでしょうか。

 

 

5.目隠しとパンプスの意味 

 

さて、わたしが入ったのは福岡・広島公演でした。

で、みんなほら、ネタバレしないから。サングラスの存在を知らなくて。

だいぶ遅れて知ったときは、福岡公演に一緒に入った友だちに「こういうアイコンあったらしいよ?!!!しぬ!!」のテンションでLINEしましたよ。

そんな! 重要な!! アイコンがあったなんて!!!

 

最初に重要なフックのひとつに「目隠し」があると書きましたが、サングラスはそれの対だと考えます。

検索したら「顔見えないのがっかり」という結果が多くてそれにがっかりしたんですが正直。いや、そんなわかりやすいアイコンであるならいっそ外したほうが正解なんだろうな! と興奮気味に思いました。

 

目元が見えないことを共通に持たせてしまうと、考える幅が狭まる可能性があるのでは、と考えたのです。または、わかりやすいことがイコール正解ではない、という正解もあるかと。

……あとはふつうに顔見えたほうがいい、と本人が判断したのかな、と*4。どちらにせよ正解だと考えますけども。

 

パンプスは単純に「本性」「本意」「自我」とかそのへんだと考えます。なので“返還”と。
※最初ここ抜けてたと指摘いただきました。ありがとうございます。

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

と、長々と書いてきましたが、おおよそ言えるのは、「戦わないともったいない」ということなのではないでしょうか。

 

ものを作るということはとてもワガママな作業です。

感想は欲しい、けれど、自分の考えとあまりにも乖離していると、赦せない。

そういうことを言い出すのが作り手であり、作り手である以上それがないと作り手にすらなれない。

 

たとえ解釈が間違っていて、公式にボッコボコにされても、それをやらないとつまらない。

 

考えて、考えて、表現して。どれが正解かわからない。

そういう“多様性”の中で、“自分を肯定する”ことが、もしかしたら、生きるということなのではないかと思うのです。

やらないほうがもっとわからないし、つまらない。

今回、そこから怠惰ゆえに逃げようとした“わたし”を呼んでくれた方に、この場を借りて御礼申し上げます。

 

 

 ******

 

――っていう妄想よ。残念ね。信じるか信じないかは、“あなた”次第だけれども。

 

*1:「解釈は自由」発言

*2:それは羽生結弦。わたしの場合は喧嘩っ早いだけ

*3:今回言葉数減らしているのは触れていたはず

*4:顔の良さを自覚しているだけに

水のにおいがする

この感覚を忘れたくないので書いておきます。
需要がないのはわかっている。ゆうやさんの話でもしげあきの話でもないです。ドームという場所というか、そういう話。

地蔵コンビと名付けてしまったわたしの友だちと再会したのは、福岡以来でした。広島2日目、アリーナ最終公演のときです。
それまでもお互いバラバラにでも行った会場のことはSNS系の電話とかで逐一報告し、あそこがどうだった、あれが良かった、今回はあれが笑えた、今回はこうだったから今度一緒に入るまでにこうなってればいいね、という、手越担×シゲ担の重い音楽への愛を垂れ流すだけの電話を何度もしてました。

広島に入ってびっくりしたのは、歌が変わったところ。
それも、一切Twitterとかでは文字にしていない、二人だけの欲望みたいなのがそこにあって、土曜公演終わったあと、わたしは興奮気味に友だちに連絡したものです。
「明日、覚悟しておいたほうがいい」
って。

今年はとくにいろいろあって、シゲ担だけでも名古屋和歌山は大きな場所だったなあと思っています。
クラウドで「僕は人生で声が出なくなるほど喉を壊したことはないです」って激怒していたけど(これめっちゃ好きだった。プライドがガンガン見えてこのクラウド大好きだった)、まさかこれが伏線になって回収しちゃうとは、本当に脱帽する。かっこいい人です。

そんな風に、どんどんどんどん、表現の幅を広げて、毎回楽しそうに音楽を纏うしげあきのことを、やっぱり世界一、宇宙一、来世になってもすきだなって思ってました。毎回毎回、どんどん、積もるように。
そして、広島ではBLACK FIREでまさかの絶叫という、自分ではありえない事件を経て。
ドームで、アグレッシブになったはずの地蔵が、三たび再開します。

土曜公演終わったあと、言おうかな、言わないでおこうかな、って逡巡したけど、結局どちらからともなく言い出したのは、
「ドームって、小山さんが言ってたように“フェスティバル”なんやな」
でした。
自衛のために言いますけど、土曜めっちゃ楽しかった。でも、広島の時ほど泣いてないんですよね。広島では自意識が働かないくらいにガンガン刺激されて、感情揺さぶられるまま、気づかないうちにぼろぼろに泣いていたのに、土曜は元気なものでした。理性が。

たしか小山さんが「木原さん来てる」って言ってたと思うんですが、これがきっとその根拠かなと思った。
土曜、少し“外向き”だったと思う。対外的というか。なんというのだろう、「これがNEVERLANDです」って、とてもパブリックに紹介するみたいな。
「NEWSっていろいろあって4人になったんだけど、それでもいまこんなにいいグループです。では聴いてください、『フルスイング』」みたいな、妙な公共性というか。

だた、それが間違ってるのではなく、“ドーム”にぴたりと合う気がしたんですよ。そうか、ドームとはこういう大きさで、この距離だとこのくらいの“圧”でちょうどいいのか、という。ドームの使いかたとでもいうのかな。ちょっとお行儀がいいんですが、それって多分、「お客さんを迎えるホスト」としては大正解なんだと思った。
ドームとアリーナで、曲順や追加曲だけではなく、伝えるものの圧力すら使いこなせる、それがNEWSなんだ、ってすごい思った。

その後二人で飲んでて、やっぱり好きなところやそういう考え方がぴたりと一致して、こういう出会いをくれたNEWSすげえなあ、って思ってました。
一抹のさびしさみたいなのは、あったとしても。


そして迎えたオーラス。
今年は当初から言ってたように、二人ともQUARTETTOの時のような飢餓感はほぼなく、しかも音の記憶もいい状態でオーラスを迎えていました。電話で話すのも、きっと記憶をとどめたいからだろうなとは思うのだけど、それでも今年はNEWSの音楽をまっすぐに真正面から受け止めて来た充足感みたいなのはあって。

でもやっぱり、最後はつらい。

始まる前、手を握って、それでも最後だからとわたしは双眼鏡を構えた。画面ではなく、少しでもそこにいる姿を記憶したいと。

出てきただけで涙が出た。センステがせりあがって、歓声が聴こえて、双眼鏡の奥にメンバーの姿が見えて、一人ずつの歌、一人ずつに涙が止まらなくなって、気づいたら隣の友だちの手を握ってました。
総じてドーム、双眼鏡ほとんど使ってなかった。ずっと泣いてた。ずっと上空に舞う音を追っていた。いい音楽のときしにしか見えないあれを。

U R not aloneに関しては他の方のブログをおすすめします。けど、なんというかな、終わってみたら、前日の「パブリック」な感じは一切なくて、NEWSとNEWSファン、お互いにお互いを求めてて、ただそれだけなんだなってしあわせでしかなかったです。

あの時、NEWSコールが起きたとき、わたしも友だちもそうだし、ドーム内がそうだったと思うのだけど、あの時求めていたのは、アンコールの歌でもなんでもなくて、ただ、ひたすら、「もう一度会いたい」だったんだと思うんです。
もう一回顔が見たい。歌ってほしいなんて言わないから、どうかもう一度出てきて。顔を見せてほしい、最後に、ここドームをあとにする前に、もう一回だけ見れたらしあわせなのに。

結果としてそれが叶ったのは、NEWSもおなじ気持ちだったのかなと思います。
出てきたけど、ただ歩いて、ありがとうございました! って肉声で言うだけで、そのままに歩いて帰っていった。
しげあきが「しーっ」ってした時に、潮が引くように静かになったのも忘れられません。あれほどに自然にそれができたというのは、みんながメンバーのことを本当に心の底から待っていたからです。
それからの合唱も。

他の人も書いてた、しげあきの「湿っぽい」に非常にうなずいたのは、まだ肌寒い日の残る4月に、
「NEWSの声からは水のにおいがするね」
と話していたからもあると思う。
人間の体温があって、涙のすこししょっぱい味のする、そういう、とても愛のある温度が、NEWSらしい。

最後の最後に、公共性とか、他人の目とか、そういうものをすべて彼方に忘れ去って、お互いが好きだ、大好きだと、それだけを交換して確かめあったあのドームを、あの、素晴らしいフィナーレを、わたしはきっとお墓にまで持っていくと思います。

 

 


わたしは、わたし以外になれないし、日々、どうしても“わたし”の輪郭がぼやけそうになったり、何が大事であるかを忘れそうになるけど、それを大事にしようと思える、そのフックのひとつが間違いなくNEWSだと思う。
誰がなんといおうと、NEWSはファンのこと大事にしてるし、NEWS自身も大事にしてくれてて、
そしてそんなファンのことを、一番に考えて、好きでいてくれるんだなあと思う。

究極の両想い。

外野は嫉妬でもなんでもしてればいい。NEWSとファンは確実に両想いだ。重いくらいで、全力でぼろぼろになるくらいの愛でちょうどいい、共依存でもいい、それでも胸張って愛してるって言いきれる両想いなんだよ。こんなしあわせなことはない。

 

 

NEVERLAND memo 2 広島公演

6月5日月曜、帰りの新幹線で書いてます。
広島二日目の1部終わりすぐ、福岡以来一緒に入る友だちに合流してからTLが一切進んでないし連絡も取れないくらいなのですが、理由は単純で明確なんです。
他の人の感想が見れない。自分のをメモしないと何も見れないんです。

なので仕事ほったらかしてメモしておこうと思います。
(そのためのノートのはずなんだが結果オーライ…書かないと原稿書けない…一本は上げたけど)

どうやって書き進めるかすげえ迷ってるんですが。

うーん。……。

……その友だちとわたしは、今回のは福岡が初めての参加で、わたしはその間、仙台(土曜)、静岡、名古屋(日曜)、和歌山(日曜)に、友だちは大阪(日曜2部)に入ってて、その都度電話にて報告しあうという重症っぷり。そしてそもそも二人とも、WhiteとQUARTETTOをこじらせまくって今年に入っているわけです。
そんな中で、気になってたのが、今回のセトリの “遊びのなさ”でした。
完璧なセトリなので、一片たりとも過不足があると成立しないセトリだと思ってて、誰がこんなセトリにしようと言い出したんだろうと思っていました。だって難しいじゃん。ちょっとだらけることも無理で、常に95点を出さないと成立しないセトリとか、いやー、難しいだろ…。

……たぶん、今回のセトリが完璧なつくりになっているのに気づいてるひとって多いと思うんですが、それを「実現できる」かどうかって別のはなしなんですよ。並びが完璧でも、実際にそう「演奏できる」かどうかは、本当に別。
もしそれが常に可能であるならば、世の中全員プロです。できないからアマだし、できないから練習する。

福岡で一番足りてないと思ったのが、BLACK FIREからバンビーナ。テンションが定まってないから聴き手もどうしていいかわからない、という状況だなあと思っていました。
ここがわずかに変化したのが、和歌山の日曜。例のボッシュート事件のあとのバンビーナが、アレ? ちょっと気怠い、でもそれがいい、そうか、バンビーナなのはここで気怠いからだ、絶頂のあとなんだ、と理解した。

そう、今回のツアーのキーワードって、たぶん “緩急” です。

そしてそれが、昨日の広島アリーナオーラスで成立したんです。完璧だった。流れがすべて完璧。音のいっこいっこ、フレーズの終わり方、そういうのはむしろ土曜のが良かったなあ、とか思うものがあったけども、トータル百点満点をたたき出したのは昨日の夜公演です。土曜公演のミステリアで「百点満点だ」って直感したんだけど、昨日はそのBLACK FIREとバンビーナがわたしの今までの何かをぶっ壊したという事実があるので、なんというか、K点超えなんですよ…

だってわたし生まれてはじめて断末魔みたいな絶叫したもん。BLACK FIREの終わりで。
「イェーイ!」でもなく、「ウォォォォ!」でもなく、「イヤァァァァ!」って濁点付きで。まじで体中から生き物の生存本能が鳴らした警鐘があれだったと思う。ガチでC&Rした(くびの関係でそこだけは冷静にヘドバンができないけどちょー乗ってた)。
それから次のバンビーナももうなんか、瀕死。いままで使ってた瀕死って重症レベルだった。昨日真実瀕死だった。

すべて、流れなんだよなあ。とくに増田ソロからのSilent Love→ミステリア→さくらガールからの炎エリアという、あの緊張感があるからこそ。
……さかのぼれば、NEVERLANDからあやめからニャン太から恋しらからフルスイングから、全部通じているもの。
その曲が、その曲の意味をもって、あるべきところに、あるべき姿でおさまるからこそ、完璧にセトリが “再現” できるんだと思う。

なぜそれが再現できるかというと、また細かくなるんだけども、ひとりひとりの歌い方。ずっと言ってたけど、曲想を練ることです。これは自担についてとくに言及してきたわけですが、まぎれもなく全員そう。

繰り返しのフレーズ、誰かと掛け合いをするところ、ユニゾンになるところ。そういうのがすべて、全員が全員、どう考えているかを曲を通してメンバーに伝え、曲を通して伝えられ、その時ベストをその時対処する、その積み重ね全部なんだよなあ…!

誰か一人がやるんじゃなくて、全員が全員を思ってるし、観客側を大事にしてるからできること。
これが一番わかりやすいのが、言うまでもなくU R not aloneなんだけども。

音がたまに、複数人で歌ってても、一本なんですよ。特にフルスイングやEMMA、恋しら、ORIHIME、ミステリア、さくらガール。
……土曜のさくらガールはびっくりしたなあ。三人になるのに最後の残響が四人以上なんですよ。でも三人の音なんだ。ぴったりと和音で、響く。あのさくら色に染まる世界。


……細かいところ書こうかなって思ってちょっといま躊躇してるんですが、理由は自分でその量にすでにうんざりしてるからです。頭の中の情報量がすごい。つまり、NEWSからもらった音楽の情報量がめっちゃあるんです。めっっっっっちゃある。今までの比じゃない。
でも、ちょっと頑張ってメモしてみよう。(例によって3公演グチャスタイル)

NEVERLAND。最後の「Sound with~」がしげちゃんの正面で、ああ、阿修羅がいる…! ってぶるぶる震えてました。ド正面からあれを見たことなくて、炎や水を背負って立ってるのを見て、なんというか、なんだろうな。
あと、自然とそこを唱和してしまうのは、そういうエネルギーがメンバー側にあるからだろうなと。舞台の力に観客が引きずり込まれる。あれは真実魔力だった。
日曜2部はずっと顔が魔王モード(表情消えるほど集中するやつ)で、KAGUYAで花道歩くときに小山さんにほっぺたむぎゅーされるの見て、あ、やっぱ小山さんよく見てるなあ、と思ったものです。
あやめ割愛。
Brightest。これは毎度しげちゃんの歌いだしがうまくなっていくのに震えてたんですが、広島ではゆうやフェイクがすごく自由で。でもそれって三人がしっかり彼とぶつかっていけるからなんですよね。音楽で主張しあえるという。
あと、夜公演で「Last Dance」って言ったのが印象的だった。
シリウス。少なくとも夜公演で全員がセンステで振りをしてて、シリウスおばけとしてはもう報われたな、って思います。しげあきの声も去年を超えて、ずっと超えて、ずっと超えてる。ありがとう。ますだくんのイントロロングトーンが毎回救いのようで、流星のようだった。ありがとう。
Snow Danceは、Twitterで書いたように、前奏のあのタイミングで振り返るのが、本当にかっこいい。友だち手越担なのに「見て!頼むから!」って見てもらったけどやっぱかっこいいって言ってた。すげえ男のひととしてかっこいいよ。エンタテイメントだし、恋だもの。そしてその声もフレーズも、本当にすき。

今年のしげあきの声は、わたしが二年前の広島で夢見た声です。

名古屋でも少し触れたことですが、マットで、柔らかく響き、高音は増幅させる、そういう、二重にもいくつにもなる、やさしくてあたたかい声です。
実を言うと、来年くらいになるんじゃないかなあ、と思っていたので、福岡3公演目の恋しらが完璧だったときに、早いよ、って思った。今年だと思ってなかった。でもうれしい。待ってたんだよ、ずっと!
さらに言うなら、U R~で伴奏者のように歌っているのが真実わたしの完璧な音楽だった。
伴奏って、自分が影のときと前面(ソロパートとか、サビで出さなきゃいけないときなど)に出るときの切り替えを最適に行うのが仕事です。それができてる。あんなかっこいい人をわたしは他に知りません。申し訳ないけどSUGURUさんより完全に伴奏者だった(TSUKEMEN)。
「俺このツアーで二回も喉壊したくないよ」って言ってたけど(MCの生声合戦)、ああ、名古屋ってどれほど貴重な体験だったんだろうな、って思いました改めて。オネエの声しか出ないのに99%音を外さず、一切誰にも代わってもらわず、カラオケでもない。あれは、本当に、マジで、ありえないレベルで難しくて、この記憶、来世にまで持っていきたいくらいです。
きっとああいう、生きていくすべてが、音楽をどうやるか、っていうのにつながっているんだなって、前回までは、「だろうな」っていうあくまで憶測だった(とはいえ、実感しているからこその憶測ではありますが)のに対し、今年のは、「である」って言いきれる、そういうメンバー全員の声だったと思います。

だからこそ、あのセトリでやれる、百点満点なんだと。


…何を言ってもあとは、わたしの理想の声、フレージングだったなあ、になっちゃうんですけども。あとなんだっけ…(自分メモだからそれにりに必死ではある)
ますだくんがなあ…友だちとも話してたけど、わたしが好きになったますだくんでした。増田貴久の自我が見えるソロ。すごい好きだった。泣いた。マジで。
Brightestのフードアキもかっこよかったなあ。D.T.Fがマジエロくてこれも友だちに見て!っていったら「体の中心に芯が踊り方やね」ってわたしの感覚まんまのことを言ってくれて、あ、この子と入ってよかったなって何度も思いました。

BLACK FIREについては手越担の友だちのさまざまな感想を自分で拾いに行きたいところですが、まじで記憶違いじゃなかった、昼公演のあれ、記憶違いじゃなかった…ゆうやさんがあれができるのはしげあきはもちろんのこと、全員がかっこよかったからなんだ。け、ど、とりあえず、「せ」、燃やせのせ、これ、何度でもころしてくれ。ありがとう。

全ステしようと思ったわけでもないし、行こうと思ったのは何となく勘ではあるけど。ほんとその勘に従ってよかったなって、思います。


音楽とは何でできているのか。
心とか、掛け合いとか、喧嘩するとか、考えるとか、求めるとか、その生きてくすべてを、どう結び付けていくのか。

そういう、わたしが一番大切にしているものを肯定してくれるのは、NEWSがまぎれもなく、アイドルでありながら一人ひとりの個々人であるからだと思う。それは、最後のゆうやさんのあいさつでもある。

何度もわたしは自分の感覚を恨んできたし、でもそれがあるから、ここまで彼らからの愛を、立ち直れないくらいに実感できるんだな、って、自分を肯定してあげたい気分だし、
あたしは、そういうNEWSを、これから何十年でも、生まれ変わっても、愛してるって言いきれるなって思う。

メンバーが言うように、NEVERLANDは奇跡の場所だと思う。わたしはこれ以上の愛をまだ知らないし、前のエントリでも書いたように、友だちがイェーイって話してくれるのも、全部肯定なんだなって思います。

みんなありがとう。連絡できなくてごめんなさい。NEWSありがとう。あと東京ドーム、「お祭り」って言ってるあれ、楽しみにしてる。アリーナもホールもドームもやりたいって言ってくれてありがとう。ずっと信じていけると思うよ。

わたしは欲深なので、もっといい音が欲しいです。しげあき期待してるよ。しなくてもやってくれるって信じたうえで期待してます。あともうちょっと笑います。すみません。

まだ書き足りないことはあると思うけど、とりあえずここまで。あたしはしあわせです。おかあさん、わたし音楽やっててよかったよ。あのとき音楽教室に放り込んでくれてありがとう。
いったんここまで。やっとこれでネットの世界に戻れます。雑になってるところとか、おいおい書き直します。ただいま、現実。

 

 

 

memo

わたし、現場が好きです。
現場で友だちが、もちをどこー、って言ってくれたり、あ、いたー!って予告もなしにすれ違うといった、ふとした瞬間が好きです。

そんな中、今回のツアーでは、名古屋と和歌山はもともと行かない予定でした。和歌山27日はぶっちゃけ落選してますけど、でもキャパが狭いし、和歌山遠いなあ、という気持ちもあったので、当落に負けたな、という気分で受け入れてもいました。

そもそも行くなら大阪! とは思っていたんですが、仕事の事情などもあり友だちにチケットを託すことに。(その節はみんなありがとうございました!)
変化があったのは、大阪公演明けた朝。
駅に着くころ、駅舎を見上げて思ったんですよ。

「名古屋、行ったほうがいい気がする」


いちおう13日のホテルは解約していない。だとしたら3公演中どれでもいい。名古屋なら何度か泊まってるから勝手もわかる。
なにより、行けとわたしの勘が言う。

わたしは根拠のない勘をそこそこ大事にします。こと音楽に関しては本能みたいなもんだからです。

アテはなかったです。一週間切ってた。でも、木曜の夜に日曜夜公演、前日土曜の夜に日曜昼公演、それぞれ声をかけていただきました。本当にお二人には感謝しています。

名古屋日曜はみなさんご存じのとおりです。
終わったとき、譲って下さった方が「よかったですね、シゲ担なら今日入れてよかった」って言ってた顔がなんでか忘れられない。
わたし泣いてはないんですが、あのときのツイートはまさに、「何に感謝したらいいかわからない」でした。その思いを抱いたまんま会場の外に出て、友だちに会ったり、夜のチケットもらったりしながら、すごくいい天気の中で、この自分に何ができるだろう、この感謝をツイートする以外にいま、この場で、伝えるには何ができるだろう、と考えて、ああそうか、今日この昼公演のあとに緑のグッズが売れることだ、と閃いてからそのまま売り場に直行し、ポスターとクリアファイルを購入しました。
ちょっと残念なのが給料日前で自戒のために三千円ほどしか余分が無かったことです。大人としてありえないんだけどww なんかもうほとんど小学生が母の日にカーネーションを買うみたいな気持ちで買ってました(ていうか今考えたらその日は母の日では…)。
そのあと友だちと合流したら「ポスター買ってる」って笑われる(昼始まる前にたまたま会ったときに、「ポスターは移動でボコボコになるから広島あたりで買うか~」みたいな話をしてたからもある)。買う予定がないからこそ鞄もポスターが入るサイズではないから常に手に緑の棒を持ってるわけですよ。これで夜入るわけですよ。いや笑うよね。

でもいいんです。どうやってもこの感謝を実績にしたかった。売上げにつなげたかった。その時の最善の策がこれだったのは間違いないって言ってやる。

 

しげあきバケモンだなって思いました。

褒めてます。だって昼夜通して5時間。5時間だよ! 2.5時間×2公演。1フレーズも誰かに渡すことも、自分からあきらめることもなく公演をまっとうした、その精神力と体力と運の強さに、やっぱり今でも何に感謝していいかわからないままです。いや、たぶん音楽の神様でいいんだろうけど。

わたしは4歳くらいからYAMAHA音楽教室さんでピアノに触れてきました。ただの習い事ですが、初日の記憶は今でもあるし、あの教室で学んだことはいまでもわたしの中で生きてます。
その中で自分が舞台に立つこともそこそこありました。大人になってからもそれやってます。次の予定は未定ですけど(わたしがこのツアー中でふらふらしてるからですけども~~……)。

翌日、声楽やってる友だちにも名古屋の報告しました。第一声が「恐怖やな」だったと思います。
起きたら声が出ない。でも2公演ある。恐怖だろうなと思う。わたしは声楽科ではないので、近い経験と言えば本番近くに腱鞘炎悪化させたこととか、試験日近くで指にケガしたこととかですかね。あれマジ自分のろうレベルです。なんで予防できなかったんだろう、なんでいまなんだろう、なんでわたしなんだろう、でも悔やんだって絶対的に時間は前にしか進まないんですよ。

昼公演の最後の曲で泣いたところを見たとき、「だよなあ、」ってそれだけを思いました。同情とか憐憫とか、そういうのではなく、ただもう、わかる、しか言えないけど、それ以上にもう答えはもらってるから、それだけでしあわせだから、わたし財布からお金を出すしかなかったんですよね。

誰が否定しようが、わたしはこの公演を肯定する。

肯定したかったんですよ、自分のためにも。
Twitterにも書きましたけど、MCであんなにはっきりと小山さんが「今日声が出ない」と言わなかったら、もしかしたら観客側は気づかなかったんではないかと思ってます(わたしは1曲目あたりで気づいたんですけど、これ自慢じゃないからな、言うけど、感受性とか耳の良さってたまに魔物だからな、ってだけ言わせてくれ)。
けーちゃんがああ言ったのは、もしかしたらこっちに釘さしてたのかな、とも思います。そのあとのゆうやさんとかもそう。いつ誰が代わりに歌っても、観客が驚かないように。あれは、観客に対する牽制だったのではないかなあ。

あと本人が「喉以外は元気」って言ってたけどそれもなかなか信用ならないな、とも思います。笑
っていうのも、そもそも喉をやるときって全体的にどこか無理してる時で、どこか体に不調がある(もしくは全体的な体力の低下=疲れ)場合が多いからです。なんなら静岡あたりからずっと喉元押さえてたので、やっぱりなという気もしなくもなかった。

ただそれでも、ちょっと “はみ出る” 響きがないくらいで、本当にふつうの声だったんですよ。なんならわたしとても好きだった。マットで、しかもメンバーと調和の取れる音だったので、こういう声を自分で “選択” できるようになると最強なのではないかな、とさえ思った。

いつもならやらない、首に負担のかかるような姿勢も、ずっと呼吸を整えることも、ぜんぶ自分が責任を持って歌うためなんだな、と。一挙手一投足が奇跡のようだと。
それに呼応するように、それまでで最も観客側のボルテージも上がっていて、なんだろう、なんか名古屋日曜すごかったよ。

どうやって音を出すのか、どうやって通常にさえ届かない自分の状態から音を紡ぐのか、何を選択して、何を捨てれば、この公演のベストになるのか。
そういった、それこそ、生きるか死ぬかの戦いを見た気がしました。生きていくなかで、こんな日が来るなんて思わなかったよ。誰かがほんとに、命削って歌う公演に入るなんて。

そうやって、翌日あたりから、和歌山探そうと思いました。行く気なかったんだけどこれまたホテルだけは押さえてる系おたく。どうとでもなれと思って探しました。
広島は行くにしろ、その前のワンクッション、どういう公演になるのか見ておきたかったんですよね。それで日曜お声がけいただきました。ありがとうございます。そうやって生まれて初めて、和歌山に行きました。
……行く前日あたりに、名古屋のアレを悪しざまに言うツイートを見てしまったというポカを抱えて。

昼公演で歌いだし入れなかったことと、夜公演でのボッシュート(マイク置き去りにしたこと。世界ふしぎ発見)は、これまた名古屋と同じで、「なんでそうなるかな、でもわからなくもない、わたしだっていつも置いてる手のポジションが吹っ飛ぶのはよくあった」とかそういう感じで、なんなら公演中げらげら笑ってたんですよね。そしたら今日知ったんだけどゆうやさんとかもめっちゃ笑ってたらしいやん。そら笑うわ。

でも帰りの電車とかで、どこかずっとムズムズしてて、なんでイライラするんだろうなあ、とずっと考えていて、月曜の夕方ふとわかったんですよね。
そうかあ、これって、あの名古屋を悪しざまに言う人たちに、付け入る隙を与えたことになったんだな、と。
そういう思考回路になったのは、たぶん、そういうツイートを見たからもあるだろうし、そもそも音楽とか舞台とか、そういう悪意にさらされるようなものだと自覚しているからです。

大学のとき担当講師から言われたんです、「誰かが間違ったら、自分の代わりに間違ってくれてよかったと思うくらいではないと、ステージに負ける」って。
今でもその時の鍵盤を覚えてるし、それを承服できない自分もいる。そういう気概でいろってことなんだろうけど、でもわたしはそれを承服したくなかった。

マイク持ってないのを理解したとき、瞬間的に呼吸が止まったのも事実だし、ああ、また止まる、と腹の底からぞっとしたのも事実。回避できたのはメンバーがよく見てたからとしか言えない。

でも、なんならBLACK FIREとバンビーナは、わたしが知ってる限りの中で一番鳥肌立った気がします。いい音だった。もしかしたら、ボッシュートがいい塩梅で緊張感を緩めたのかもしれない、とも思えるくらいです。

何より、U R not aloneの二人ずつの掛け合いが素晴らしかった。完全に音楽だった。自分の伝えたいこと、相手が言いたいこと、それを汲んでまた返すこと。可能性に賭けること。そういう音楽のすべてがあそこにはあったし、それをわたしたちにも共有してくれた。「四人」と繰り返し言ったことは忘れないよ。

さらに忘れられないのが、MCでのみんなの顔なんです。
とても自然に、全員が笑えて、下らなくて、気心知れてて、そういう信頼が全部見える、みんなの顔が和歌山での個人的ないちばんの収穫だった気がしています。
ミスしても、「こういう意図があったのに」と主張しても、それでも笑って、じゃあどうしようか、って言える。そういうのほんっと、いいなあって、思い出すたんびに思う。

そういう、積み重ねてきた時間とか、音を否定しないために、わたしたちっているんじゃないのかなあ。わかんないけど、わたしたちだって好きだってことを否定したくないしね。

曲も縁だとは思うけども、曲があるからそうなるのか、曲に寄っていってしまうのかもわからないけど。(最後の曲のことです)

必ずどこかで悪意に触れることはあるけど、それに負けたくないなあ、と思う。絶対的な肯定はあり得ないにしても、その悪意を丸ごとひっくるめて、それでも肯定したいなとも思う。

いい音楽だった。名古屋も和歌山も、誰かをしあわせにする、いい音楽だった!
誰が否定しようが、わたしはこの公演を肯定する。

そういう気分です。なんか長々メモしてたら疲れてしまった(毎度のことだけど体力なくて失速するよねワシ)。
でもなんていうか、悪意はつきものだけど、それをいなしてしまえる強さがいまのNEWSにはあるんじゃないかな、って思うんですよ。直感じゃないよ、これは。実感。
現場で得た、実感なんです。

 

 

NEWS LIVE TOUR 2017 NEVERLAND 福岡公演メモ 後半

後半。ちょっと取っ散らかってしまいましたがご愛嬌で…直せるんだけど直すと勢い消えちゃうので。

ますだくんのソロから。2日目の2部で歌い直すってハプニングあり。

Silent Love。これめっちゃ好み…!ダンスがえろい。いい感じにえろい。「言えなくて 言えなくて」の口元と腰と肩とおとがいと首筋がもうなんか、曲想を表現する成亮の動きが好きです。この曲こんなに好きになるなんてーーー!歌割りの妙もあると思うけどすごいそれぞれの良さが出てて、ああ、NEWSの歌だ!ってなる。ダンスはもしかして(あやめ除いて)一番好きかも知らないです。Jr.とのフォーメーションも良い…!
そしてわたし見てしまった…ついに秋山大河を見てしまったのです…成亮の隣だったので双眼鏡カットインしてきた彼ですが噂どおり魔性。魔性だった…

終わってメンステに戻る早足がいつものごとくちょう紳士な成亮カッコヨス…

ミステリア。イントロのテゴマスのハモが会場に響き渡るたまらん。教会か。聖堂なのかここは。
歌割りのせいか立ち位置が下手から小山→手越→加藤→増田になってたと思うんだけど、いやなんかテゴシゲがな…サビ前の高音とか響きが一緒。あの2人を並べることの意味ってここにもあんのかな…ってぞくぞくした。ダンスも良かった。おしげちゃんの体の軸の使い方スキー(まじ語彙力どこ) でもまだ振付の意味が掴めてないので近いうちに把握したいと思ってます。

さくらガール、またセンステに戻りながら。踊ってくれたのめっちゃ嬉しかった…!
ゆうやさんがはけたあとの3人になってからの上ハモはしげあきだったようです。すげーいい音だだだだ(友だちが言うので間違いない)

I'm coming。いやもう何も言わなくていいんだけど言うとまじで イイ。とくに2日目になるとめっちゃ声イイ。出てる。舌舐めずりするしフフフッって言うし視線が挑発的な女子だしえっオトコ?オンナ?どっち…って混乱させてくるのにめっちゃ抱いてる。愛欲って芸術だった。

これベッドのまま次のBLACK FIREにいくんだけど、とくに2日目2部のイントロ "tonight" が艶めいててヤッバイ。CDで完璧なのにその周りにオンナ抱いたあとの色気というか、なんつーの、汗ってか、いやちがう蜜というかそういうなんか濃くて鈍く光る色のなんかを纏ってる声だからちょうえろいのにちょう艶やか…
これ引き継ぐ成亮大変だなって思ったけどメンステ見たらなんか鬼のようにかっこいい人がいた上になんなら4人の中でいちばん声うっせえ。←これ全力で褒めてる。ちょう声出てる………

バンビーナ。これ土曜日はまだ掴めてないのかなって感じでしたが、2日目2部は成亮NEVERLANDから集中モードだったのもあって(書きそびれてた)、ジャンプした瞬間に「あ、跳んだ」と思ったら、声出てきた…!

わかりやすいと思うんですが体動いてくると声も出てくるよね(I'm comingの後に書くとなんとなく卑猥にしか見えない)。もっと腰使ってもっと声出るようになってもっと脚上がっていくんだろうなあ

※整理すると、BLACK FIREで3回ともキックしたのはちゃんと見てます。例によって大サビ前。ギャンゴィィィィィ(震えながら)

※跳んだのは、2日め2部の「バンビーナ 裸のままで」のサビの前4拍め跳んだ。アウフタクトになる部分。
前後しますがBLACK FIREは3回ともイントロの成亮みてるからゆうやさんの賢者タイム見逃してるのが心残り。映像化されたらそこ入んないだろうし現場で見ないと…!でも自担みたいジレンマ。
個人的に毎年、この曲が課題、みたいなのを抱えるんですが(たとえば去年なら誘い月)、2日目2部の跳んだ成亮を見て、あ、今年はこの曲(バンビーナ)だと理解しました。どう変わっていくんだろう…!

チャンカパーナとチュムチュムでスタトロ。チュムチュムの「ナーチャーク〜」で思わず「めっちゃ歌うまくなっとる!」と叫ぶわたし落ち着いて。いやまじで全体的に底上げすげええええええ

これはのちに初日入った友だちと話してたことですが、すごく安直だけどやはり少プレのちからは大きいのではないかと。
ステージ踏んで、そのためにディスカッションをし、インプットを前以てしておき、…というのを定期的に繰り返すんだとしたらそらメンバーや外の人たちとのレスポンスの齟齬というのが断然減るわけで。それがイコール理解力、そしてうちらオーディエンス側へ渡される音楽。
わたし去年のQUARTETTOは、何がしたいか、を本当に理解するまでにすげえ時間かけてるんですが(静岡あたりでわんだの縄張り争いに気づいたくらい)、今年は1公演めで言いたいことがわかる、ってことはあっちの理解力が深いんだなって。
(わかりづらいかな…音楽もなんでもそうですが、提供する側がそもそも理解してないと受け取り側が理解することは難しい、そういうやつです。ごく普通のこと)
だから今年のNEWSはまじで場数がちがう…って思った。去年までとスタート地点が150mくらいちがう(何メートル走なのかは終わらないとわならないところですが、それが未知数なのがいいと思ってます)。

weeeek。疲れてるのにういーく。2日目の1部ではジャンプ指導が入ったから頑張った。でもほんとおばちゃんにはツライよ〜〜〜w
ポコポンペコーリャ。メンバーの寝顔と一体感と、もう言ってしまうけど秋山大河を堪能できます。(∵) オイ俺は!
しげちゃんは時計やってる時の動きがとっても綺麗なのでほんと体の軸の使い方スキーーーーーーーが発動するやつ。

流れ星。正面が星空になるんだが圧倒的な近さにびっくりした。これも声がよくて「あどけない」だけでしぬ(何度目)ゆうやさんの「もう行こう」もやわらかい。しぬ(何度目)。成亮の高音が良い。し(略
あとアリーナあたりには星が降ってきました。紙吹雪的な。

しげあきたびたび空見たりしてたんですがどの曲だったとか覚えてないけどほんといい顔する……むねがぐるじいやつ

U R not alone。これはさ…まず増田くんにびっくりするんだけど全員すごい。ほんとに生きるエネルギーを惜しみなくこっちにぶつけてくるからこっちも返さずにはいられない。へったくそな声で悪いけどまじで全力で歌うしない。それくらいに生命力という名の愛の交換。ゆうやさんがお客さん待ってる時に成亮が歌うんだがそれがまじですげえ…ラスサビあたりなんでそんな声出るの…?!ってなるくらいに声出てて、ああこれがこの人のエネルギーなんだなって。歌いながら泣きながら歌ってた。生きるってこういうことだ。ラスサビまじで声高いのにな…なんであんな声出るのって愚問なんだよね成亮、愚問だね。

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前半のほうがちょっと曲数多いのとわたしの抱える何かを刺す曲が多いので前半の疲れがすごいんですが、もうなんか、U R not aloneすごいよ…練習しないと勿体無い。あれを一緒に歌える幸せがそこにある。そうやってそれこそ、出し切って終わるからこのコンサートはこの形で正解なんだと思う。次も次も、も思う傍ら、去年ほどの飢餓感と焦燥感がないのはそれこそ歌唱力だよ。パンフでしげあきが言ってたのを昨日読んで、ああ、そうだよね…ってまた胸苦しくなってしまった。好きです(総括)。

てなかんじで、いろいろ抜けてる気がしますが福岡公演楽しかった!もっとうまくなるんだろうと信じられるそんな声がたくさん聴けた公演でした。フレージングの揃いがとてもいいのは、メンバーがいい関係なんだなって、音楽に表れるほど深いところまでいい関係なんだなって証だと思ってます。わたしたちにできるのはそれに応えることだなあ。

入り口はあっても出口はありません。
みんなは最高のパートナーです。
NEWSがついてる。

真実だなあと。おもう。ありがとう。また別の会場でもたくさん愛をください!

 

ちなみにリアルタイムなネタバレはこっち。でも大概しげあきがどーのこーのしか言ってないけどあやめに関してはこっちのがいまんところ詳しいかなw

@mc_inNEVERLAND

https://twitter.com/mc_inneverland/

 

で、小声でオチにうちのおかーさんですけど、ずっと立ってペンラ振ってたからめっちゃ調子いいやーん!ってなってたら「ずっと耳栓してたからあんま聴こえんやったわ」って…本末転倒か!!一番苦手なのが黄色い声援なのはわかるけど(耳ビリビリくるから片耳にはツラいらしい)、まさか全部使うとは思ってなかったやん!でも確かにセトリわからんから付け外しは難しいし、そもそも倒れられるよりはいい(どうしてもその恐怖はある)。でも曲もっと聴いて!なんなら耳栓マスターになろう?!

とはいえ、「聴こえた音キライじゃない(=うちのママンのさだまさしを除く上級褒め言葉)」「演出おもしろい」をもらいました!ぜひ来年リベンジしてもらおうと思います!